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31話 山神から生まれたもの

 ◆森の異変の調査◆


 孤児たちの話を聞き、アランは眉をひそめた。

 荷馬車4台分もの人々を集めて、ジャミールは一体何を企んでいるのか。 そして、孤児たちもこのまま放っておくわけにはいかない。


「お金が貰えなかったから、院長先生に叱られる……」


 その言葉に、年少の子が小さく震えた。 普段から院長にきつく当たられていたのだろう。

 唇を噛み、涙をこらえるその姿は、“叱られる”というより“罰を受ける”と怯えている子どものそれだった。


 そんな子どもたちの様子を見て、マリンはしゃがみ込み、目線を合わせるようにして言った。


「大丈夫よ。もう心配なんてしなくていいわ。ここには私たちがいるんだから。 それに、クズたちが絡んでる時点でロクなことじゃないわ。 あなたたちが悪いんじゃない。悪いのは、子どもを利用しようとした大人の方よ」


 子どもたちの表情が少しだけ和らぐ。それを確認すると、マリンは立ち上がり、きっぱりと言い切った。


「まずは子供たちを助けた場所へ向かいましょう。 あなたたちが見た“他の人たち”がどうなったのか、私たちで確かめるわ」


 だが、その言葉にすかさずマヤが一歩前に出た。 メイド服の裾を揺らしながら、きっぱりとした口調で主を制する。


「お嬢様。危険な森へ向かうのは、いけません」

「えっ、ちょっとマヤ!? 私だって――」

「お嬢様は子爵家のご令嬢です。 森の奥には魔獣も出ますし、何よりバレリーナ家が関わっている以上、何が起こるかわかりません」


 マヤの声音は柔らかいが、絶対に譲らない“お付きのメイド”としての強い意志があった。


「……わかったわよ。でも、ちゃんと状況は逐一報告してもらうからね」

「もちろんです、お嬢様」


 マヤは丁寧に一礼し、アランへと視線を向けた。


「アラン様、準備が整い次第、向かいましょう」


 マリンの声には、子どもたちの恐怖を押し返す強さと、彼らを守ろうとする温かさが確かに宿っていた。



 ◆ 魔物の森へ◆


 森の入り口付近はまだ穏やかだったが、奥へ進むほど魔物の強さが増していく。


 フレイムベアの残骸を踏み越え、さらに奥へ進むと、重厚な甲殻を軋ませながらニードルアーマーが姿を現した。


「来ます、坊ちゃま」


 ラピスは一歩、前に出た。 その動きは風より静かで、影より速い。


 ニードルアーマーが咆哮とともに突進する。 地面を抉る爪、弾丸のような速度――普通の冒険者なら反応すらできない。

 だがラピスは、まるで“最初から動きが見えていた”かのように、一切の無駄なく横へ滑るように回避した。


 甲殻の隙間が、ほんの一瞬だけ露出する。 その瞬間――ラピスの剣が、光の線になった。


「――絶対切断ナイトキラー


 音が遅れて届く。 

 ニードルアーマーの巨体が、何が起きたのか理解する前に崩れ落ちた。 切断面は紙のように滑らかで、血は空気に触れる前に蒸発している。

 ラピスは剣を軽く払うと、振り返って微笑んだ。


「この辺りから魔物が強力になってきます。 魔拒香を取り出しますね、坊ちゃま。魔力をお願いします」


 魔拒香は、ダニエルがラホ村の魔物素材独占契約と引き換えに譲ってくれたものだ。 アランが魔力を込めると、独特の匂いが周囲に広がった。


「うっ、なにこの匂い……」

 アランは鼻を押さえる。


「あれ?ラピスは平気なの?」

「はい、お酒みたいな匂いなので……へいきれす……」


 語尾が妙に崩れている気がしたが、今は気にしている場合ではない。



 魔拒香の残り香を辿り、アラン達は“人面岩”へと辿り着いた。 人面岩の前には、干からびた死体が転がっていた。

 ラピスはその死体を一瞥した瞬間、表情をわずかに険しくした。


「……坊ちゃま、ここは……危険です!」


 ラピスはアランの腕を掴み、素早く後退する。 アランが驚くより早く、ラピスは低く告げた。


「この死体……ただの餓死や乾燥ではありません。 体内の魔力と生命力を“根こそぎ吸われた”痕です。 この場に長くいれば、坊ちゃまも同じ状態になります」


 その言葉に、アランはぞくりと背筋を震わせた。 胸の奥が急に冷たくなり、体の内側から“何かが流れ出す”ような違和感が走る。

 次の瞬間――アランははっきりと見た。 自分の魔力が糸のように引きずり出され、人面岩へと吸い込まれていくのを。


 ラピスの機転で距離を取ることに成功したが、アランの魔力の一部は確かに奪われていた。



 ◆ 山神から生まれたものとは◆


 ゴゴゴゴゴ……


 その夜、人面岩――すなわち山神の“顔”にあたる外殻が、低く震えた。 だが山神本体は沈黙したまま、まるで深い眠りの底に沈んでいるかのように微動だにしない。

 動いたのは――外殻である“人面岩”の一部だけだった。


 岩片がパラパラと剥がれ落ち、その下から、人間の子供ほどの大きさの“形”がゆっくりと浮かび上がる。

 それは、まるで眠りから覚めるように立ち上がり、 ぎこちない足取りで森の奥へと歩き出した。


 やがて、ニードルアーマーや、フレイムベアと言った魔物が()()に襲い掛かかる。

 だが、触れた瞬間に魔物たちの体が痙攣し、魔力を吸い尽くされたかのように力を失い、次々と死骸となって倒れていった。


 その足取りは――迷いなく、一直線にラホ村へ向かっていた。



 本来、バレリーニ伯爵の計画では、孤児たちの生命力を吸わせ山神を“不完全な状態で覚醒”させるはずだった。

 だが孤児たちは無事で、生命力は吸われていない。 つまり 覚醒条件は満たされていない。 そのため山神本体は沈黙したまま、何の反応も示さなかった。


 しかし――アランの魔力が、人面岩に吸収された。 その魔力は量こそ少ないが、山神に”情報”を与えた魔力(もの)だった。

 結果として起きたのは覚醒ではなく、器(人面岩)がアランの魔力情報を元に“模倣体”を生成するという異常反応。 それが、子供ほどの大きさの“分体”だった。

 分体はアランの魔力情報を元に言語を理解したが、人の善悪などの情報は欠落していた。




「ふあ〜〜、ねむぃ……」

 朝番のハロルドが村の入り口で欠伸をしていた。


「おはようございます、ハロルドさん。今日もかっこいいですよ」

「おっ、やっぱりそう思うか。よし、リリアナが大きくなったらお嫁さんに――」


 その瞬間、リリアナの視線が氷点下の永久凍土より冷たく突き刺さる。

「ハロルドさん、チョーきもい」


「ぐはっ!!」

 ハロルドは吐血して膝をついた。効果は抜群だ。


 その時、二人は森から近づいてくる“何か”に気づいた。 泥まみれの裸の少女。 体には小さな岩片や苔がこびりついている。

 リリアナは唖然とし、ハロルドは顔を真っ赤にして興奮していた。


「ハロルドさんは後ろ向いて!絶対こっち見ないで!」

「は、はいっ!」


 リリアナは少女に駆け寄り、薬草を包む布を少女に巻きつけ、足りない分はハロルドのズボンを奪った。


「えっ!?リ、リリアナ、こんなところで……」

「この子に履かせるの!」


 リリアナが、少女に問いかけた。


「あなた名前は?どこから来たの?」

「……名前……どこから……」


 少女は無言で森の方を指差した。


「ええ、森の方って……あっちは危ないよ」

「名前わからないの?じゃあ、ワタシがつけてあげる。んーと……ミリア!あなたの名前はミリアよ」

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