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28話 不穏な荷馬車

 ◆マリンが知らせに来たこと◆


 ラホ村に許嫁のマリンがやって来た。マリンはコルネラ家の子爵令嬢、僕の許嫁だ。


「アラン様ー、遊びに……じゃなくて、大変なことを伝えに来たの!」

「マリン様、お帰りの馬車はすでに出発の準備が整っております」

 ラピスが、“また坊ちゃまを惑わそうとしに来たのか…”とでも言いたげに、淡々と切り捨てる。


「ムキーッ! ラピス、喧嘩なら買うわよ!!」


 マリンが噛みつくように叫ぶと、マヤがすっと前に出て静かに口を挟んだ。

「お嬢様、素が出ています。淑女たるもの――」

「はいはい、わかってるってば! マヤ、言わないで!」


 マリンとラピスのやり取りを見ていた僕は ”二人とも本当に仲がいいなぁ……。僕もあれくらい気兼ねなく言い合える友達が欲しいな” なんて、のんきに思っていた。



「それで、大変な事って何?」

「それそれ。あの“俺様つえええ!!”で、アラン様にボロ負けしたアントニオのことだけど――」


 マリンの言葉には、アントニオへの侮蔑の言葉がこれでもかと詰め込まれていた。 多分剣術大会の時の件が、よほど腹に据えかねているんだろう。


「……アラン様に負けた後、金で雇った平民相手に鬱憤晴らししてたらしいわよ。殺しはしなかったみたいだけど、好き放題やって――もう、聞いてるだけで胸糞悪いわ」


 マリンは心底うんざりしたように肩をすくめ、アントニオの行いを語った。その表情には、呆れと怒りが入り混じっている。


「そのあまりのひどさに、ついにバレリーニ伯爵の怒りが爆発したらしいわ」

「……あの父上が?」

「そそ。伯爵もようやく気づいたのかもね。あんな奴を跡取りにして、アラン様を廃嫡にしたことがどれほど愚かだったかって」


 マリンの声には、皮肉と怒りがはっきり滲んでいた。


 そこでマヤが、さらに眉をひそめて口を開く。

「何か説明したあとに『アントニオこそ真の英雄だ』と仰っておりました」

「なーにが、真の英雄だ! よ」


 マリンが即座に噛みついた。


「そのあと、クズは”愚民どもめ”とか”尻尾を振る犬と同じだな”」などと……」

「はぁ!?あんたこそ権力に”尻尾振ってる犬でしょうが!」


 マリンはまだ怒りが収まらないようだ。


「はぁはぁ……まっ、つまりクズは相変わらずクズってことよ」 


 マヤが表情を引き締めて続けた。


「それで、バレリーニ家が何をしようといているのか調べたところ……多くの平民を雇い始めたようです。貧困にあえぐ者、借金持ち、孤児院の子ども……そういった人々ばかりを」

「クズが考えることは、やっぱりクズね!」


 マリンは、口にするのも汚らわしいと言わんばかりに吐き捨てた。


 その言葉に、ラピスが静かに眉をひそめる。


「坊ちゃま。マヤの報告が正しければ、集められているのは周囲との繋がりが薄い者ばかり。言い換えれば……お金で動く人間ばかりです」

「うーん……父上が慈善事業なんてするわけないし、なんでそんな人たちを?」

「それと、居なくなっても探す者がいないという点も共通しています」


 マヤの声は淡々としていたが、その裏にある“嫌悪”は隠しきれていなかった。 僕は二人の言葉を聞きながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。


「……僕の取り越し苦労ならいいけど、どうも父上がとんでもないことをやろうとしてる気がしてならないんだ」

「そんなことだと思いました。アラン様、バレリーニ伯爵が何をしようとしているのか知りたいのでしょう?」

「うん。マリン、どうにかわかる方法はないかな?」

「かしこまりました。マヤ、頼める?」

「はい。私のギフト“千里眼”を使えば可能です」


 こうして僕は、マヤからの報告を待つことになった。 そして――その知らせは、思ったよりも早く届くことになる。

 


 ◆不穏な荷馬車◆


 町のとある路地裏には、朝早くから五台の荷馬車が並んでいた。

 通りがかった人々は、どこかの商店が大量に買い付けでもしたのだろうと、特に気に留めなかった。


 しかし、荷馬車の周囲に集まっている者たちは、皆どこか疲れ切った顔をしていた。

 着ている服は擦り切れ、靴は穴だらけ。 貧困にあえぐ者、借金に追われる者、孤児院から来たと思われる子供……。


 そんな彼らの中心に、一人だけ場違いなほど身なりの良い男が立っていた。 バレリーニ家の執事、ジャミールである。


「さあさあ、とっとと荷馬車に乗った乗った。遅れると仕事がなくなってしまいますよ」

「なぁ、金はいつ貰えるんだ?」


 不安げな声が上がる。 ジャミールは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、“面倒だ”という素の表情を浮かべた。 だが次の瞬間には、にこりと完璧な笑顔に戻っていた。


「もちろん、あちらに着いたらすぐにお渡ししますとも。皆さんを信用していないわけではありませんが……主人に“必ず現地で支払え”と厳しく言われておりましてね」


 その言葉に、人々は「ああ、そういうことか」と納得したように頷いた。 彼らには、ジャミールの“ほんの一瞬の素顔”など見えていない。

 荷馬車に乗り込もうとしたとき、男がふと隣に子供がいる事に気づいた。


「な、なんで子供までいるんだよ……?」


 貧困にあえぐ男が、不安げに隣の小さな少年を見てつぶやいた。 その声は小さかったが、ジャミールの耳にはしっかり届いていた。

 ジャミールは、まるで“よくぞ聞いてくれました”と言わんばかりに、にっこりと微笑んだ。


「ご安心ください。あの子たちは――」


 そこで一拍置き、慈愛に満ちた声色を作る。


「主人が孤児院にも手を差し伸べておられるのです。 《働き口がない子供たちにも、少しでも未来を》……とね」


 その言葉に、周囲から小さな感嘆の声が漏れた。


「へぇ……そんな立派なことを……」

「孤児にも仕事を……すげぇな……」


 人々の表情に、わずかな希望が灯る。 ジャミールはそれを見て、さらに優しく微笑みかけた。


「もちろん、子供に危険な仕事をさせるつもりはありませんよ。 簡単な雑用を手伝ってもらうだけです。

 ――主人は、弱き者を見捨てるような方ではありませんから」


 その言葉に、荷馬車の中の空気が少し和らいだ。 だが、ジャミールの心の中では冷たい声が響いていた。


(弱き者を見捨てない? 笑わせてくれる。“使い捨てにしやすい者”から優先して集めているだけだ)



 全員が荷馬車に乗り込むと、今度は見るからにガラの悪い冒険者風の男たちが荷馬車を取り囲んだ。


「な、なんだよこいつら……?」

「ああ、彼らですか?」


 ジャミールは、まるで子どもに説明するような優しい声で言った。


「最近、日雇い労働者を狙う連中がいましてね。 皆さんのように働き口を求める人を狙う悪党がいるんですよ。 そのため、囲むようにして護衛する形を取っています」


「お、おお……そんなに危ない仕事なのか……!」

「危険ではありません、皆さんを守るための措置ですよ。 報酬も高いですからね」


 途端に人々の顔が明るくなる。 “高額報酬”という言葉が、彼らの不安を一瞬で吹き飛ばした。

 だがその裏で、ジャミールの心の中では別の声が響いていた。


(ふん……貴様らを“例の場所”まで生きたまま運ぶための護衛だというのに。 せっかく集めた餌を逃がしてたまるか)


 表の笑顔は、相変わらず完璧だった。


「さあ、出発しますよ。皆さん、どうかご安心を。 ――私どもは働く皆さま方を決して粗末には扱いませんから」


 その言葉に、荷馬車の中から安堵の声が漏れた。 だが、ジャミールの瞳の奥には、氷のような冷たさが宿っていた。

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