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24話 ヴェレノとドルチェッタ2

 ◆旅館を満喫する二人◆


 旅館に泊まった翌日。

 ドルチェッタは布団の上で大の字になり、頬をゆるませながら天井を見つめていた。


「はぁ〜……極楽だった……もう働きたくな〜い……」

 完全に魂が抜けている。


「……おい、やる気を出せ」

 ヴェレノが呆れたように眉を寄せ、ドルチェッタの額を指で弾く。


「いったぁ! ヴェレちゃん、暴力反対〜」

 ドルチェッタは涙目で額を押さえるが、体はまだぐにゃぐにゃだ。


「反対するならまず起きろ。情報収集だ」

 ヴェレノは容赦なく彼女の腕を引っ張り、強制的に立たせた。


 二人が村を歩きながら情報を集めていると、ヴェレノが腕を組んで考え込む。


「教会から逃げてきたなら、素性を隠してるはずだ。最近村に来た人物……そのあたりが怪しい」


「ふぁ〜……ヴェレちゃんってほんと真面目だよねぇ」

 ドルチェッタはあくびをしながら、気の抜けた声で返す。


 その時、村の広場の方からざわめきが起きた。


「おーい!今日は誰だっけ?」

「わ、私の番!やっと回ってきた!」


 二人が視線を向けると、フローネが村人たちを前に立ち、柔らかい笑みを浮かべていた。



「はーい、今日はセレシアさんとハロルドさんですね。では、お二人とも教会にお入り下さい。入ったら女神さまにお祈りを」


 教会の中にはすでに何人もの村人が集まり、少女が行う聖授の儀を静かに見守っていた。

 フローネが手を胸に当てると、女神像の周囲に淡い光がふわりと立ち上がった。

 風もないのに、彼女の銀髪だけがゆっくりと揺れた。


 村人たちは息を呑み、静寂が教会を包む。



 聖授の儀(せいじゅのぎ)が始まった。


 フローネが祈りの言葉を紡ぐたび、光は細い糸となって伸び、二人の胸元へ吸い込まれていく。

 まるで星の欠片を紡いでいるような、神秘的な光景だった。


「アレは……」

 ヴェレノが目を細める。警戒と分析が入り混じった視線だ。


「ねえねえ、あれキレイ〜!なにしてるの?」

 ドルチェッタは完全に観光気分で、ヴェレノの袖を引っ張ってはしゃいでいる。


 近くの村人が誇らしげに答えた。

「フローネちゃんが、村のみんなにギフトを授けてるんだよ」


聖授の儀(せいじゅのぎ)を行える……? 連れ戻すのは“元下働きの女の子”と聞いていたが」

 ヴェレノは低くつぶやき、光の糸を見つめる。


「ヴェレちゃん細かい〜。とりあえず拉致って連れて行けばわかるでしょ?」

 ドルチェッタはにこにこ笑うが、その瞳だけは獲物を見つけた肉食獣のように鋭い。


「お前に任せたら、手足を切って連れて帰るだろう」

 ヴェレノが冷たく言い放つ。


 ドルチェッタは口元に妖艶な笑みを浮かべ、肩をすくめた。

 否定しないその態度が、逆に恐ろしい。



「セレシアさんの授かったギフトは……飽食烙印(グラトニア・バインド)です。効果は――」


「飢餓感を感じない?それって常に満腹ってこと?」

 セレシアがぱっと顔を輝かせた。ふくよかな体を揺らし、頬を紅潮させて期待に満ちている。

 村でも“よく食べる明るい人”として知られている彼女らしい反応だった。


「は、はい。ですが――」


「じゃあ食べなくても平気ってことよね!?」

 セレシアはフローネの言葉を遮り、両手を握りしめて跳ねる。


「いえ、食べなかったら――」


「素晴らしいわ!これでダイエット成功したも同然じゃない!」

 セレシアは勝手に感動し、周囲の村人が苦笑する。


 フローネは説明を続けようとするが、セレシアはもう聞いていない。

 困ったように眉を下げるフローネ。


 その横で、ドルチェッタがヴェレノの耳元に顔を寄せ、ひそひそ声で囁いた。


「ねえヴェレちゃん……あの子、なんか……ほら、こう……」

 言葉を選ぶように指先をくるくる回し、


「……ああいう“丸い子”って、切り分けたら楽しそうじゃない?」

 と、周りに聞こえない声で悪戯っぽく笑う。


 ヴェレノは眉ひとつ動かさず、淡々と返した。

「仕事に関係ない妄想はやめろ。面倒が増えるだけだ」


 ドルチェッタは肩をすくめ、しかし目だけは獲物を見つけた肉食獣のように輝いていた。



 ◆フローネに迫る二人の魔の手◆


 儀式が終わると、背後から声がかかった。


「君……聖授の儀(せいじゅのぎ)を行えるのですね?」


 少女はびくりと肩を震わせたが、すぐに作り笑いを浮かべる。


「え、えっと……はい。その……領主のアランさんのおかげで、聖授の儀(せいじゅのぎ)を行えるようになりました」


「領主のおかげ?」

 ヴェレノの目が鋭くなる。


「へぇ〜、領主さまってすごいんだねぇ。君に儀式できるようにしてあげたんだ?」

 ドルチェッタは興味津々で、少女の顔を覗き込む。


 フローネははっとして、どこまで話していいのか迷い始めた。


「あ、あの、その……私は小さい頃から女神さまにお祈りするのが日課で、それで……」


 しどろもどろに言い訳を並べる少女を、ドルチェッタがじっと見つめる。

 その視線は、好奇心と悪戯心が混ざった危うい光を帯びていた。


「ねぇねぇ、そんなに震えてどうしたの?」

 ドルチェッタは一歩近づき、わざと少女に聞こえる声で続ける。


「そんなに怯えてるとさ……つい、ちょっと意地悪したくなっちゃうじゃない」

 にこりと笑うが、その笑みはどこか冷たい。


「例えばねぇ……君がどんなふうに泣くのか、ちょっと試してみたくなる、とか?」


 少女はびくりと肩を跳ねさせ、言葉を失う。


「ドルチェッタ」

 ヴェレノが低く制した。


「冗談だよ〜。ねぇ?」

 ドルチェッタは肩をすくめるが、目だけは愉快そうに細めていた。


 少女はそんな二人のやり取りにさらに混乱し、ますます動揺を隠せなくなる。


 ヴェレノはそんな彼女をじっと観察し、わずかに眉をひそめる。

(領主が関わっている……?)

 しかし、周囲にはまだ儀式を見ていた村人たちが残っていた。これ以上踏み込めば、確実に怪しまれる。


 ヴェレノは判断を切り替え、くるりと背を向けた。

「もういい。行くぞ」


「え〜、領主さまの話もっと聞きたいのに〜」

 ドルチェッタは頬をふくらませ、名残惜しそうに何度も振り返りながらヴェレノに引っ張られていく。

 その足取りは不満げで、まるでお気に入りのおもちゃを取り上げられた子どものようだった。

 だが、教会の出口に差しかかったところで、ふと立ち止まる。


「ねぇ、さっきの子さぁ……」

 ドルチェッタはわざとフローネに聞こえる声量で、くるりと振り返った。


「震えてるの、すっごく可愛かったよ。ああいう子ってさ……ちょっとつついただけで、どんな反応するんだろうねぇ?」


にこりと笑うが、その笑みはどこか冷たく、悪戯心に満ちていた。


「ドルチェッタ」

 ヴェレノが短く制すると、彼女は「はぁい」と軽く手を振り、今度こそ連れて行かれる。


 フローネは二人の背中を見送りながら、胸の奥に不安を抱えたまま小さく息を吐いた。


「村の人たちは疑問に思わない……でも、教会に関わったことがある人なら、シスターでもない私が儀式をできるのは……不自然だよね……」


 彼女の指先は、まだ微かに震えていた。




「あのシスターが標的に違いない。隙をみて攫うぞ。」

「あ~あ、もう何日かとまりたかったなぁ、ねえねえ、生きてさえいれば手足はいらないよね。運ぶの大変だから」

「…任務に支障がなければいい」


「大切な領民を怪我をさせられるのは勘弁してくれないかなぁ」


 背後から聞こえた声は、少年とは思えないほど落ち着いていた。 ヴェレノは反射的に身構えるが、視界に入ったのはただの少年――アランだけ。


こいつだけか。脅すまでもない。

そう判断した瞬間、首筋に“冷たい死”が触れた。


「貴様、坊ちゃまに何を向けているんだ」


 ラピスの双剣が、いつの間にかヴェレノの首に添えられていた。

 ――気配がなかった。 ヴェレノは戦慄した。

 自分は油断していない。周囲の気配も完璧に把握していたはずだ。


 なのに、この女はいつから背後に?

 理解が追いつかないまま、ヴェレノは咄嗟に短剣を振り向きざまに突き出す。


「!?」

 だがその短剣は、ラピスの双剣によって半ばから“紙のように”斬り落とされていた。

 ヴェレノは悟った。 ――この女は、自分よりも数段上だ。

 絶望が喉を塞いだ。


深淵拘束(アビス・バインド)


 アランが静かにギフトを発動した瞬間、ドルチェッタの体に銀の鎖が絡みつき、瞬時に雁字搦めに拘束された。


「なっ、何!? 動け……っ!」

「相手を拘束するギフトだよ。大人しくしてくれると――」


 アランが説明しかけたところで、


「ああん、もっと……!」


 ドルチェッタは鎖が食い込むたびに妙な声を漏らし、その様子にラピスの額には青筋が浮かんだ。


「……黙れ。気色悪い」


 ラピスの声は氷のように冷たかった。

 こうして、ヴェレノとドルチェッタの二人は、アランとラピスによって“抵抗する間もなく”捕縛された。

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