23話 ヴェレノとドルチェッタ1
◆酒場での噂◆
セントの町の酒場は、ある噂で盛り上がっていた。
客たちが酒杯を片手に囁き合うのは、最近続いている連続殺人の噂だ。
それだけだったら物騒な事件で終わる話だが、噂になる理由は死んだ人間の死に様にあった。
殺された者たちは皆、抵抗した形跡がない。
それどころか──恍惚とした笑みを浮かべたまま息絶えていたという。
「だからよ、犯人は凄腕の娼婦だよ、あの屋敷の主人は女好きで有名だしな」
「いや、俺が聞いた話だと、殺された奴の屋敷から子供が二人出てくるのを見たって…」
「子供だって?どんなやつだ?」
「胸に見習いバッジを付けてたらしい。えーと確かあれは──」
そのとき、背後から子供とは思えない妖艶な声が割り込んできた。
「ねえ、叔父さま。その話面白そうね、私たちにも聞かせてくれる?」
振り向いた男たちは面食らった。
場末の酒場には場違いなほど上等な服を着た、少年と少女が立っていたのだ。
「どこから入って来た。ここは子供の来る場所じゃねえぞ」
「そうそう、さっさと家に帰んな。でないと怖い目に遭うぞ!」
男たちが笑い飛ばすと、少女は大げさに肩をすくめた。
「きゃー、こわーい」
しかしその顔は、少しも怖がっていなかった。
隣の少年は、男たちを汚れでも見るような冷たい目で睨んでいる。
「じゃあ、私も楽しいお話をしてあげる」
「おっ、なんだい?」
「その屋敷から出てきた子供ってね──」
少女が微笑んだ瞬間、酒場の空気がひやりと揺れた。
その微笑みを最後に、酒場の夜は音もなく幕を閉じた。
翌朝。 酒場にいた者は全員、死体となって発見された。
死因は鋭い刃物で斬られた事による惨殺だが、不思議な事にどの顔も──恍惚の笑みを浮かべていたというのだ。
◆二人の子供◆
セントの町からラホ村に続く森の中を、どこかの富裕層に仕えていそうな二人の子供が歩いていた。
少年──ヴェレノ。
青い瞳に黒髪、白手袋に見習いバッジ。短剣を愛用する彼のギフトは、宵闇切断。
刃物の切れ味を極限まで高め、斬られた者は自分が斬られたことすら理解できない。
少女──ドルチェッタ。
白髪に茶の瞳、ふわりと揺れるスカートに白いエプロン。こちらも白手袋に見習いバッジ。彼女のギフトは、背徳への誘惑。
“お願い”を叶えたくなる衝動を与え、そのお願いが倫理に反するほどその誘惑は強まる。
「ドルチェッタは仕事が雑すぎます。後始末をする僕の身にもなってください」
「ヴェレノは細かいのよ。成功すればいいでしょ?」
ドルチェッタは良くも悪くも気分屋だ。やる気があるときは驚くほど手際がいいが、気が乗らない仕事となると途端に雑になる。
その尻拭いをしてきた回数は、ヴェレノの両手の指では到底足りなかった。
ヴェレノは深いため息をついた。
「それでそれで? 次のお仕事はどんなヤツ? かっこいい?」
ドルチェッタは命令書をひったくるように受け取り、期待に満ちた目でヴェレノを見上げた。
その瞳は、獲物を前にした捕食者のようにきらきらしている。
「……教会から逃げた元下働きの女の子を、生かしたまま連れてくることだ」
ヴェレノは淡々と読み上げる。ただ“仕事の内容”を確認しているだけ。
「えーー、女ぁ? チョーメンドイやつじゃん。私パース!」
ドルチェッタは大げさに肩を落とし、子供のように不満をぶつけた。だがその口元には、すでに“楽しみ”の色が滲んでいる。
「仕事です。真面目にやってください」
ヴェレノは眉ひとつ動かさずに言う。
「じゃあさ、生かしたままってことは……手足がなくなっててもいいってことだよね?」
ドルチェッタは無邪気な笑顔で言った。
その笑顔は、花が咲くように明るいのに、どこか底が抜けている。
「……はぁ、やりすぎないでくださいよ」
ヴェレノは静かにため息をついた。止める気はない。ただ、後処理が増えるのが面倒なだけだ。
ドルチェッタはくすりと笑い、命令書を指先でくるくる回す。
「ま、生きてりゃいいんでしょ? だったら大丈夫大丈夫。ね、ヴェレノ?」
「……あなたの“大丈夫”ほど信用できない言葉はありません」
そう言いながらも、ヴェレノの目は冷たく澄んでいた。姉の狂気にも、依頼の内容にも、何ひとつ動じていない。
森を抜けると、木々の向こうに小さな屋根が見えてきた。
道は緩やかに開け、視界がぱっと明るくなる。
「ん〜、やっと着いたー!ここがラホ村ね!」
ドルチェッタは村の入口に立った瞬間、ぱあっと顔を輝かせた。
初めて見る景色に胸を躍らせ、完全に観光客のテンションだ。
一方のヴェレノは、手元の資料を確認しながら淡々と告げる。
「対象は元教会の下働き。森でこの村の住人に拾われたと記録されています」
「そんなことより見て見て!あのアイアン瓜! きゃー、あっちには──」
ドルチェッタが任務そっちのけで村の特産品へ一直線。目を輝かせ、子どものようにはしゃぎ回っていた。
「はぁ……お前は不真面目すぎる。もっと仕事というものを──」
「あれ? お客さん? この村に商人以外の人なんて珍しいね」
その声が、背後から“突然”落ちてきた。
ヴェレノの身体が反射的に跳ねる。気配が──ない。
暗殺者としての感覚が、一瞬たりとも反応しなかった。
「……っ!」
喉の奥がひきつり、背筋に氷柱を押し当てられたような感覚が走る。
自分より上位の存在に遭遇した時の、あの本能的な恐怖。
「坊っちゃま、お言葉ですが、最近は商人以外にも来られる方が増えていますよ」
「そっそうなんです、私達の主が近々この村を訪れる予定がありまして、宿泊所などの下見に我々が来たのです」
咄嗟に口から出た嘘で場を繕うとするが、ヴェレノの視線は声の主から離せない。
“背後を取られた”という事実が、頭の中で何度も反芻される。
だが、アランとラピスは彼の動揺など気にも留めず、柔らかく微笑んだ。
「そうでしたか。それなら、ぜひうちの旅館に泊まっていってください。自慢の旅館なんですよ」
「ありがとうございます、ぜひ」
ヴェレノは当たり障りのない返事でその場を収めた。
(どうせ、少女を捕獲したらこんな村に用はない)
──そう思っていたのだが。
アランに案内されて“旅館”へ足を踏み入れた瞬間、二人は言葉を失った。
「きゃー!ヴェレちゃん、見て見て! 池に魚が泳いでるの! ほらほら!」
「なっ…なんで、こんな田舎にこれほどの宿屋が……」
ヴェレノの目の前には、見事な庭園が広がっていた。
玄関に足を踏み入れれば、顔が映りそうなほど磨き上げられた床が続き、
さらに、高度な教育を受けたとしか思えない従業員たちが深々と頭を下げる。
「いらっしゃいませ。ラホ村旅館へようこそ」
その瞬間から、二人の常識は次々と塗り替えられていく。
「……う、美味い。なんだこの肉は、簡単に噛み切れるぞ」
「ヴェレちゃん、お風呂が広いの!お湯もたっぷり!」
「トイレが……水で流れるだと……!?」
「お布団がふわっふわでね、すっごく柔らかいの! まるで雲のお布団よ!!」
気づけば、任務のことなど頭から吹き飛んでいた。二人はすっかりラホ村旅館の虜になっていた。
◆頭の痛くなる報告書◆
その夜。
ある組織の長のもとに、ヴェレノとドルチェッタからの報告書が届いた。
「ヴェレノとドルチェッタか……あいつら、また派遣先で無駄な殺しをしていないだろうな」
軽口を叩きながら封を切った男は、最初は余裕の笑みを浮かべていた。
──だが、ページをめくるごとに眉間の皺が深くなり、読み終える頃には盛大なため息をついていた。
「はぁ……ドルチェッタだけじゃなく、ヴェレノまで…… ラホ村で一体何が起きている……?」
報告書には、任務の進捗よりもラホ村旅館の感想がびっしりと書かれていた。
【 ヴェレノの報告書 】
本来なら冷徹で無駄のない文章を書く男だ。だが今回の内容は──
・ 食べた料理の味の分析
・ 肉の柔らかさの理由の推測
・ 使用されている香草の種類
・ 調理工程の考察
そして水洗式トイレの構造と感動のレポート(3ページ)
「……ヴェレノ、お前が……料理とトイレでこんなに熱く語る日が来るとは……」
長は思わず額を押さえた。
【 ドルチェッタの報告書 】
普段は残虐な戦闘描写ばかりを書く少女。しかし今回は──
・ 風呂が大きい!
・ お湯が気持ちいい!!
・ 布団がふかふか!!!
最高!!!! すごい!!!!!!
語彙力が完全に観光客である。
「……いや、可愛いけど……いや、そうじゃない……任務の報告はどこに行った……?」
長は椅子にもたれかかり、天井を仰いだ。
二人の性格はよく知っている。
ヴェレノは冷酷で優秀、ドルチェッタは危険だが戦闘能力は高い。
多少の問題はあっても、任務遂行能力は折り紙付きだ。
──だからこそ、今回の報告書は理解不能だった。
「……どうすればいいんだ……
あの二人が任務を忘れるほど夢中になる場所なんて……聞いたことがないぞ……」
長は頭を抱え、机に突っ伏した。
「ラホ村……恐ろしい場所だ……」
その声は、どこか本気で震えていた。
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