20話 能力模倣の進化1
◆ 旅館の中は別世界◆
玄関で靴を脱ぐ様に言われ、渋々靴を脱いだ。
「靴を脱げだなんて…色んな宿屋に泊ったけど、そんな事を言われた事はなかったな」
ダニエルはぶつぶつ文句を言いながらも素直に靴を脱いだ。長旅で足の裏が付かれていたので、実のところ少々有難いと思った。
そして案内された部屋に足を踏み入れた瞬間、ダニエルは思わず息を呑んだ。
床一面に敷き詰められているのは、見たこともない植物を編み込んだ柔らかな敷物。
座ると、ふわりと草木の爽やかな香りが立ちのぼり、長旅で凝り固まった足の裏はじんわりと疲れが抜けていく。
「……なんだ、この床……天国か?」
思わず本音が漏れた。 妻も、同じように目を丸くしている。
案内された風呂は、さらに衝撃的だった。
湯気の向こうに広がるのは、木と石を組み合わせた大きな風呂。
それを見た瞬間、ダニエルは言葉を失った。
「熱い……いや、それよりもこの大きさ……!」
旅人の常識からすれば、こんな規模の風呂はまずお目にかかれない。水を溜めるだけでも相当な手間だし、ましてやお湯にするとなれば、薪も人手もどれほど必要になるか想像もつかない。
「こんな風呂、王都でも見たことねぇ……!」
お風呂上がりに用意されていた食卓には、美味しそうな匂いの料理が並んでいた。
香草を使ったスープには細かく刻まれた緑の葉が浮かび、一口飲むたびに爽やかな香りが鼻をくすぐる。
その横には、見るからに食欲をそそる焼いた肉が乗ったお皿。 表面は香ばしく焼き上げられ、ナイフを入れると肉汁がじわりと溢れ出した。
ひと口かじれば、外はカリッと香ばしく、中は驚くほど柔らかい。噛むたびに肉の旨味があふれ、香ばしい焦げ目の風味がそれをさらに引き立てた。 思わず「うまい」と声が漏れた。
「……うまっ……! なんだこれ、肉か? 本当に肉か?」
村の料理人は笑って答えた。
「ニードルアーマーですよ。毒と臭みを取ると、上質な肉になるんです。リフレクトマッシュルームは火の通りをよくするために、スライスにしています」
料理人の言葉にダニエルはスプーンを握ったまま固まった。
それも無理のない事だった、料理人が言った”ニードルアーマー”や”リフレクトマッシュルーム”は、どちらも魔物の名前だ。つまり――このラホ村には、魔物を狩れるほどの人間がいるということになる。
食後、布団に横になった瞬間、ダニエルは跳ね起きた。
「な、なんだこれ!? 沈む!? いや、包まれる!?」
ふわりと身体を受け止める布団は、まるで雲の上に寝ているようだった。
寝返りを打つたびに、布団が形を変えて身体にフィットする。
「……こんな布団、王侯貴族でも持ってねぇぞ……」
そのまま、ダニエルは気絶するように眠りに落ちた。
翌朝、ヨーゼフに村を案内されると、ダニエルはさらに驚かされた。
魔力を利用した水路、整備された畑、効率的に動く工房。 どれも王都の技術を凌駕している。
「……なんだよここ……本当に辺境の村か……?」
見たこともない数々のものに目を輝かせ、興奮しているダニエルの背後から、静かな声がかかった。
「あなたが旅商人のダニエルさんですか? 初めまして。このラホ村の領主、アランと言います」
不意に名を呼ばれたダニエルは、振り返った。”ラホ村の領主”という言葉に、彼は勢いよくアランへ詰め寄った。
「り、領主さまっ! ぜひ商談を——!」
アランの落ち着いた挨拶とは対照的に、ダニエルは村の可能性に胸を膨らませ、今にも飛び掛かりそうにアランに詰め寄った。
そのときだった。
「領主さま! 村にフレイムベアが近づいていると見張りから!」
◆ 魔物の襲来◆
フレイムベアと聞いた瞬間アランは不思議に思った。
森と村の間の草原には毒の紫粒玉が自生している。フレイムベアでさえ口にすれば死ぬほどの猛毒だ。一度食べて死ねばフレイムベアは「この実は危険だ」と学習するため、二度と近づかなくなる。
それなのに、それも気にせずにこの村に近づいて来ている。――その異常さがアランには引っ掛かった。
なんだ?なにか理由があるのか?
その時、ダニエルが叫んだ。
「あああああ!!“魔誘香”が1つわれてる!!!」
ダニエルが荷馬車から、割れた携帯型の魔術香炉を取り出した。
「“魔誘香”?」
「……その…言いにくい事ですが、フレイムベアが村に近づいているのは、この“魔誘香”が割れてしまつたせいかと…」
「どういう事なのか説明してくれる?」
ダニエルが申し訳なさそうに説明を始めた。
「“魔誘香”は魔物を誘き寄せる魔術香炉です。 ですが、そのためには魔力を込めないと匂いが弱く、すぐに消えてしまいます。……その点だけは、不幸中の幸いと言えるでしょう」
「匂いが弱いってどのくらい? どれくらいで消えるの?」
アランは対策を立てるため、詳しい情報を求めた。
「ええと、“あっちでいい匂いがするな”程度で、数時間もすれば完全に消えます」
「なら、もっと強い匂いで数時間誘き出せば……」
それを聞いて、ダニエルがはっとした。
「そうだ、 “魔誘香”に魔力を注げば、フレイムベアを確実に誘い込めます。ただ……魔力を注いだ瞬間から匂いが出てしまうので、すぐに魔物が殺到します。魔力を注いでいる間だけでも、匂いを漏らさない方法はありませんかね?」
ダニエルさんの話を聞いて、アランはセメリオのギフト――《小さな世界》を思い出した。小さな家を出現させるギフト。その中なら、匂いを遮断したまま魔力を込められるかもしれない。
「……なら、魔力の扱いに慣れている僕が一番適任ですね?」
「いけません!坊ちゃまはこの村の…領主なんですよ!」
ラピスが強く首を振る。しかしアランはその反論を遮った。
「ラピス、だからだよ、領主の仕事は、領民を守ることだ」
「……では、私も行きます。メイドの仕事は、主を守る事です!」
その言葉に、僕の胸が熱くなる。
僕だけじゃない。リックさんたちも、村のみんなも、ラピスの覚悟に心を打たれていた。
「そうですよね、リックさん!!」
突然話を振られたリックさんは、目を丸くした。
「え? お、おれ? もっ、もちろん俺は冒険者だからな!」
「リーダー、骨は拾ってやる!」
「後のことは任せとけ!」
「わ、私……リックのこと、ずっと……」
リックは、内心では「なんで俺なんだよ……」と泣きたい気分だった。
「任せとけ。この村は、俺が守ってやる」
言い終えた瞬間、彼の足元はがくがくと震えていたが――必死にそれを隠していた。
◆囮作戦、そして…◆
「ではお借りします。”能力模倣”」
アランはノーリスから【硬化】、ディアーズから【火炎柱】セメリオから【小さな世界】を借り受けた。
【硬化】は、フレイムベアの突進や爪撃ちを受けても即死しないための“最低限の保険”だ。
【火炎柱】は、フレイムベアへの“攻撃手段”。
そして【《小さな世界》】は、魔力注入中に匂いを外へ漏らさないための“作業場”として必要不可欠。
三つのギフトは、どれが欠けても作戦が成立しない。
「村から離れた場所で【小さな世界】を使って家を作ります。その中で“魔誘香”に魔力を込めて、フレイムベアを誘導しましょう」
アランの作戦はこうだ。
1.村から離れた場所で“魔誘香”に魔力を込め、魔物の進路を変える
2.魔力を込めている間は《小さな世界》で匂いを遮断する
3.魔力が満ちたら外に出て、強い匂いでフレイムベアを誘導する
「この辺りでいいかな? じゃぁ魔力を込める間の家を作るね。【小さな世界】!」
アランがギフトを発動すると、三人が入れる程度の小さな簡素な家が現れた。
三人は中に入り、“魔誘香”への魔力注入を開始する。
アランの視界の端には、《能力模倣 1/5》の文字が光っていた。
――一時間後。すべての“魔誘香”が魔力で満たされた。
「いよいよだな!」
「坊ちゃまはこのラピスが最後までお守りします」
二人の覚悟が伝わってくる。
外に出れば、数十分後にはフレイムベアが向かってくるだろう。 アランもまた、フレイムベアを迎え打つべく借り受けたギフトを発動した。
「【硬化】、そして【火炎柱】発動!」
その瞬間、視界の端には今までとは違うメッセージが出てきた。
《能力模倣 5/5》その下に続いた初めて見る文を読んだ。
《上位スキル ギフト創造 アンロック》
「……これは…」
まるで、今まで閉ざされていた扉が音を立てて開いたような感覚だった。
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