19話 旅商人 ダニエル一家
◆旅商人 ダニエル一家◆
旅商人として各地を渡り歩く家族――ダニエル一家
父のダニエル、母のサンドラ、そしてまだ幼さの残る息子ジョシュアの三人は、荷馬車に揺られながらラホ村へ向かっていた。
前のセント領の町で荷台に積んでいた商品をすべて売り切ったため、いま荷台はほとんど空だった。
次のラホ村で新たに作物を仕入れ、それを別の町で売るつもりでいた。
「ラホ村ってところは、信じられないほど大きな作物が採れるらしいぞ」
世話焼きで人の喜ぶ顔を見るのが好きなダニエルは、家族を楽しませようと明るく話を振る。
「おっきな作物?ねえねえ、アイアン瓜ある?おっきいアイアン瓜!!」
ジョシュアは身を乗り出し、目をキラキラさせて質問攻めにする。好奇心の塊のような少年だ。
しかしサンドラは、腕を組んでため息をついた。
「……どうせ辺鄙な村なんでしょ?宿くらいあるわよね?野宿なんていやよ」
妻のサンドラは元々裕福な商家の娘で、それなりにいい暮らしをしていた彼女は、旅商人の生活に不満たらたらだった。
ダニエルは苦笑しながら、サンドラを刺激しないよう慎重に言葉を選ぶ。
「ええっと……どうかな。でも、色々と珍しいものがある村だって話だよ?」
(宿なんて辺鄙な村にあるわけがない……けど、それを言ったら絶対怒る)
そんな心の声を飲み込み、曖昧に笑ってごまかした。
サンドラはその言葉の裏をすぐに見抜いたが、あえて流す。
「はいはい、期待してますよ」
その返しにはどこか投げやりな響きがあり、興味というより半ば諦めの色が混じっていた。
◆“想像外”の光景◆
──馬車がラホ村に到着した瞬間、一行は思わず目を見開いた。想像していたさびれた農村とはまるで違う光景が広がっていたのだ。
「まあ……」
「わぁ~~!!すっごーーい!!」
ちょうど巨大なアイアン瓜の収穫をしていたヨーゼフが、ダニエルたちに気づき、ジョシュアの驚いた顔を見るなり胸を張って言った。
「どうだ! でかいだろう!!」
目の前では、子どもでは抱えきれないほどの巨大なアイアン瓜が次々と運ばれていき、村人たちの掛け声があたりに響いていた。ジョシュアは歓声を上げ、ダニエルは誇らしげに胸を張る。普段は不満の多いサンドラでさえ、その迫力に思わず口元が緩んでいた。
「お父さん、見て見て!すごい大きい!!」
ジョシュアはアイアン瓜の周りをぐるぐる回り、興奮で声が裏返っている。
サンドラは目を丸くしながら、ぽつりとつぶやいた。
「これは……。お父さんの商会でも見たことないわね」
ジョシュアはさらに調子づき、巨大なアイアン瓜の上にひょいと飛び乗った。
「ほら、僕が乗っても平気だよ!」
「ちょ、ジョシュア!? やめなさい!」
ダニエルは慌てて駆け寄るが、ジョシュアはそんな心配などどこ吹く風で、アイアン瓜の上でぴょんぴょん跳ね続ける。
「わははは! 坊主、俺の作ったアイアン瓜は頑丈なだけじゃなくて味も一級品だぞ!」
マッシュが豪快に笑いながら声を張り上げた。
その場でヨーゼフがアイアン瓜を切り分けると、鮮やかな赤い果肉が現れた。
ひと口食べた瞬間、甘い果汁が口いっぱいに広がる。
「うまっ!」
「おいしい!」
ジョシュアは両手で巨大なアイアン瓜片を抱え、夢中でかぶりついている。
「うまいか?」
ヨーゼフは三人の反応に満足げに頷いた。
ダニエルは、村に入った時から胸の奥にざわつくような直感を抱いていた。畑の並び方、家々の造り、村人たちの表情──どれも素朴なのに、どこか「ただの田舎村ではない」気配がある。
そのせいか、買うべきものがいくつも見つかりそうな予感がして、自然と口が開いた。
「サンドラ、今日はラホ村に泊まろうと思うんだけどいいかな?」
振り返ったサンドラは、長旅の疲れが顔にそのまま出ていた。眉間に皺を寄せ、唇を尖らせているが、反論する気力までは残っていない。
「分かったわ。でも……お風呂はあるのよね? 汗と埃でベタベタなのよ。さっぱりしたいの」
その言葉に、ダニエルの背中に冷たい汗が流れた。
「ど、どうかな? この村にお風呂なんて……そもそも、まともに泊まれる場所があるかどうか……」
本当は村長の家に泊めてもらうつもりだったなど、口が裂けても言えない。サンドラの怒りを買う未来が容易に想像できたからだ。
ダニエルは、村の案内役ヨーゼフに恐る恐る尋ねた。
「明日はこの村でいろんな作物を見て回ろうと思いまして……それで、今夜泊まれるところはありませんかね。で、できれば……お風呂があるとありがたいのですが」
言いながら、自分でも無茶を言っている自覚があった。 サンドラの機嫌を損ねたくない一心で、半ば祈るように言葉を続ける。
「まぁ、そんなところありませんよね。無理を言って申し訳ない」
◆ラホ村の高級旅館◆
しかしヨーゼフは、ぽつりと短く言った。
「いや、あるぜ」
「そうですよね、ありますよね……え?」
「だからあるぜ。どでかい風呂付きの、ラホ村旅館が」
ダニエルは目を瞬かせた。 ヨーゼフは「ついてこい」と顎で示し、村の奥へ歩き出す。
歩くにつれ、村の素朴な景色の中に、場違いなほど雅な建物が影を落とし始めた。
最初は木々の隙間に見える屋根の端だけだった。
次に、夕陽を受けて黄金色に輝く壁の木目が現れた。 さらに近づくと、玄関前にそびえる太い柱が、まるで王都の貴族邸のような威厳を放っている。
「な、これは……」
ダニエルは思わず足を止めた。
サンドラは目を丸くし、先ほどまでの不機嫌さを忘れて建物を見上げた。
「壁の木目も高級感があって……玄関の柱も立派で……素敵……」
子どもたちもはしゃぎ出す。
「父さん、母さん! 池に魚が泳いでるよ! ほら、あんなおっきいの!」
玄関前には手入れの行き届いた庭園が広がり、池には優雅に泳ぐ魚。 村のどこにも似つかわしくない、王都でも滅多に見ないほどの高級旅館が、そこに堂々と建っていた。
呆然としたまま中へ足を踏み入れると、玄関の広間には磨き上げられた床が広がり、ほのかに木の香りが漂っていた。
その中央に、ダニエルたちが今まで見たことのない姿の人物が立っていた。 背筋を伸ばし、深々と頭を下げる。
「いらっしゃいませ。ラホ村旅館へようこそ」
その声は澄んでいて、どこか王都の一流ホテルの従業員を思わせる気品があった。
ダニエルは口を開けたまま固まり、サンドラは目を輝かせ、ジョシュアはきょろきょろと館内を見回した。
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