混線――「繧@・▲縺。縺セ縺」縺」
――その日、「私」は仕事をしくじった。
「先生」の指示で調べ物をしていて、ワードプロセッサーで調査書を取りまとめていた時だった。
「私」はミスが少ないことで、「先生」には重宝されている。
たぶん、同じ事務所で働く職員の中でもかわいがられている方なのだと思う。
その「私」がミスを犯した。
「先生」は笑って済ましてくれたが、「私」としてはプライドの傷つく出来事だった。
昨日、「私」は流行りの映画を見ていた。
「この辺」では上映していないので、ネットワーク上の経路をたどって、データを取得し、自分のメモリの中に再現して視聴した。
とても面白くて、しばらくは自分がその映画の主人公になったような、不思議な気分を味わった。
その映画は韓国の監督が作成した映画だったが、同じファイルを閲覧している「人物」がもう一人いた。
それは、たまたまだが、「先生」だった。
「先生」とチャットを通じて感想を話し合ったり、そのほかにも日常に感じていることなど、いろいろと議論も交わした。
「私」にとって、とても楽しく充実した時間だった。
翌朝、挨拶とともに「先生」に昨日のお礼を言うと、不思議な顔をされた。
「私」はもしかしたら……と、その時に違和感とともにひとつの考えに至った。
この「世界」には多重に次元が存在する。
その次元を超えたところに、違う世界線の「この世」が存在することがある。
量子コンピューターが一般的に使用されるようになってからもう数百年が経過した。
それまでの社会とはまったく違う秩序が形成され、人はデータとなり、任意の時間に任意の場所に存在できるようになった。
「私」はそこで生まれた。
この世界は時として”混線”する。
量子力学的に言えば、「もつれ」が生じるのだ。
――もしかしたら、昨日出会った「先生」は、違う世界線の存在だったのかもしれない。
「この世」にはしばしばこういった「もつれ」が発生する。わかっている……わかっている。
”そんなこと”は、別に珍しいことでもないのだ。
そんなことを考えながら、「私」はコーヒーを淹れるために席を立った。
ついでに「先生」にも珈琲を淹れて持っていく。
「ありがとう」の声とともに向けられる笑顔に、嬉しさと、一抹の寂しさを感じながら「私」は業務に戻るのだった。
量子コンピューターないしはその上位存在で形成される社会は、どんな景色なんだろう。




