↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/55

九話 『門の向こうへの第一歩』

 翌朝。鳥の鳴き声で目が覚めた。目を開けると、空はまだ白っぽくて、肌寒い風が吹いている。


「起きたか」


 声がした。見ると、エドはもう起きて、焚き火の後始末をしていた。


「おはよう」


「おう」


 僕も体を起こす。体が少し痛い。野宿なんてしたことがないから当然だ。

 

 ……いや。したことがないと思う。あの、荒野で目覚めた時を除けば。とはいえ、記憶がない以上、本当のところは分からない。


 エドが荷物をまとめながら言う。


「これ、やるよ」


 投げ渡されたのは硬い黒パン。


「ありがとう」


 受け取ってかじる。硬い。でも空腹にはありがたい。二人とも無言のまま朝食を済ませると、やがてエドが立ち上がった。


「さて、と」


 荷物を背負う。


「俺は行く」


「え?」


「仕事だよ」


 当然のように言う。


「門導士にも色々あんだ」


 ――あ。その言葉を聞いた瞬間、心が冷たくなった。ずっと、一緒に入れるんだと思ってた。言葉にこそしなかったけど、これからも当たり前のようにエドが隣にいてくれるんだと、心のどこかで信じ込んでいた。


 でも、そんなわけがなかった。エドにはエドの生活があって、仕事がある。


 僕は昨日、門の前でたまたま拾われただけの、ただの通りすがりの虚人だ。そんなことも分かっていなかった自分が、急に恥ずかしくなって、それから心細くなった。


「そっか……」


 勝手に寂しい声が出た。エドは笑う。


「そんな顔すんな」


 そう言って腰の鍵を鳴らした。


「王都は広いけど、案外狭い」


「……えっ?」


「生きてりゃまた会える」


 軽い口調。何の根拠もない。だけど不思議と本当な気がした。


「うん」


 小さく頷く。


「それに」


 エドは指を一本立てる。


「お前にはやることがあるだろ」


「やること?」


「ああ」


 そして真っ直ぐ僕を見る。


「称号だ」


 その言葉に、昨日の話が蘇る。称号がなければ何も始まらない。この世界では、仕事も、お金も、居場所も、全部その先にある。


「……」


 エドに頼りきりだった心が、無理やり前を向かされる。まだ怖いし、よく分からない。


 だけど、エドの言う通りだ。立ち止まったまま、誰かが手を差し伸べてくれるのを待ってるだけじゃ、何も変わらない。エドは満足そうに頷いた。


「その顔なら大丈夫だな」


「何が?」


「いろいろだ」


 そう言って笑う。本当に適当な人だ。そして背を向ける。


「じゃあな、ゼロ」


「うん」


 僕も答えた。


「ありがとう、エド」


 エドは振り返らなかった。代わりに片手を上げる。それだけだった。朝日に照らされながら、その背中は少しずつ遠ざかっていく。やがて遠くの人混みの中へ消えた。


「……」


 一人になった。昨日の朝も一人だった。でも、あの時とは少し違う。


 僕はゆっくりと空を見上げた。王都の朝。町の人たちが動き始めている。新しい一日が始まる。僕はまだ何も持っていない。名前以外、ほとんど何もない。


 それでも、僕には一つだけ分かったことがあった。


 この世界は、称号でできている。そして――。虚人である僕が生きていくためには、その世界の中へ踏み込まなければならない。怖くても。分からなくても。前へ進むしかない。


「――行くか」


 僕は歩き出した。人々の流れの中へ。まだ見ぬ未来へ。そして――自分の称号を探すために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。