【第2章 世界のルール】 10話 『一人きりの王都、届かない声』
王都は今日も賑やかだった。石畳の上を大勢の人が行き交う。荷車が通り過ぎ、商人たちの呼び込みの声が響き渡る。僕はその流れの中を歩いていた。
「……また一人、か」
エドと別れてから、まだそれほど時間は経ってない。だけど、隣に誰もいないだけで景色が少し違って見えた。
立ち止まる。目の前を騎士らしい一団が通り過ぎていった。銀色の鎧。揃った足取り。周囲の人たちも自然と道を空けている。
昨日から何度も見てきた光景だった。でも、今は少しだけ違って見えた。
――称号。この世界では、それが全てだ。仕事も、お金も、居場所も、称号がなければ手に入らない。虚人のままじゃ生きていけない。なら――やることは決まってる。
称号を手に入れる。それしかない。エドは言っていた。称号は奪うものだと。誰かに勝ち、その称号を自分のものにする。それが、この世界のルールだ。
「ふー……」
考えることは単純だ。称号を手に入れる。そのためには、称号を持っている相手と戦う。理屈だけなら簡単だ。本当に、それだけの話だ。問題は――
「……誰と?」
通りを見渡す。杖を持った魔導師らしき人がいる。大きな荷物を抱えた商人もいる。みんな当たり前のように歩いていた。
きっとみんな称号を持っている。みんな自分より先にいる。そんな気がした。
「行くしか、ないんだよな」
僕は再び歩き出す。人の流れの中へ。称号を探すために――。
通りの向こうで、人を選ぶ。
大柄な男。荷物を担いでいる。背中には樽が二つ。周囲の人間が道を空けるたび、男は当然のようにその真ん中をズカズカと歩いていく。かなり強そうだ。
「――っ」
近づいて、話しかける。それだけだ。それだけなのに。男が近づくほど、自分の足は遅くなっていく。
「……」
結局。何も言えないまますれ違った。男は僕のことなんて一度も見なかった。振り返ると、もう背中は遠ざかっていた。気を取り直して歩く。
今度は魔導師らしい男だ。長い杖。青い外套。近寄りがたい雰囲気がある。周囲の人たちも自然と距離を取っている。
それでも。僕は足を向けた。一歩。また一歩。男との距離が縮まる。……あと少し。あと数歩で声をかけられる。
「あ、あの」
「ん?」
男がこっちを見た。鋭い目。ただそれだけだ。別に、睨まれたわけでも、何か言われたわけでもない。なのに――。
「あっ、いや……なんでもないです」
「……?」
男は少し不思議そうな顔をして、すぐ何事もなかったように去っていった。
「はぁ」
何やってるんだ。声をかけるだけじゃないか。そう自分に言い聞かせる。それなのに全然できない。
目の前を冒険者の一団が通り過ぎる。楽しそうに笑っていた。その姿が妙に遠く見えた。
まるで自分とは違う世界の人間みたいだ。称号を持つ人間。称号のない人間。たったそれだけの違いのはずなのに。
「……」
誰も僕なんか見ていない。騎士も。商人も。魔導師も。冒険者も。みんな当たり前の顔で歩いている。自分のやるべきことを知っている人間の顔だ。
拳を握る。でも力が入らない。喉の奥が苦い。
「……無理だ」
勝手に言葉が漏れる。小さくて消えそうな声。でも、自分の耳にははっきり聞こえた。
初めてだった。称号を手に入れる。そう決めてから、初めて本気で無理かもしれないと思った。
その後も、何人かに声をかけようとして、結局勇気が出なかった。行き場もなくて、重い足で当てもなく歩く。
広場を抜けて、通りを曲がって、また別の通りへ。何かが変わるわけでもなかった。称号持ちは相変わらずそこら中にいる。だけど、声をかける勇気はもう残っていなかった。




