70話 『見落とした違和感』
それから数日経った、ある日のことだった。
「ちょっといいか」
工房に入ってきた客が、僕の作った剣をカウンターに置いた。見覚えのある剣だった。数日前に仕上げて、棚に並べたものだ。
「はい。どうされましたか?」
僕が尋ねると、客は少し困ったように眉を寄せた。
「この剣なんだけどな。どうも、思ったより扱いにくくて」
「扱いにくい、ですか?」
「ああ。振ったときに、先の方に重さが寄りすぎてる感じがするんだ。使えないってほどじゃないんだが、どうにも手に馴染まなくてな」
僕は剣を手に取った。柄を握り、重さを確かめる。刃の状態も、仕上げも、ぱっと見た限りでは問題がない。
けれど、客の言葉を意識して持ち直すと、確かに、わずかな違和感があった。僕は息を呑んだ。どうして、気づかなかったんだろう。
「……申し訳ありません」
僕は剣を置き、頭を下げた。
「確認が足りませんでした。よろしければ、こちらで調整させてください」
「やってもらえるなら助かるよ。使えないわけじゃないんだが、せっかく買ったんだから、ちゃんと使えるものがいい」
「はい。必ず、直します」
客は頷き、剣を工房に預けて帰っていった。
僕はしばらく、カウンターに置かれた剣を見つめていた。
「……ゼロ」
カインが、少し離れたところから声をかけてきた。
「……うん」
「大丈夫か?」
「うん。僕の確認不足だから。ちゃんと調整するよ」
そう答えて、僕は剣を作業台に運んだ。柄を握り、重さの偏りを確かめる。
どこを直せばいいのかは分かった。作業自体も、難しいものじゃない。それなのに、手を動かし始めるまでに、いつもより時間がかかった。
僕は余計な考えを振り払うように、剣の調整に集中した。重さのバランスを整え、何度も手に取って確かめる。
今度こそ問題がないことを確認してから、ようやく息を吐いた。
「……これで、大丈夫」
数日後、客に剣を返すと、今度は満足そうに頷いてくれた。
「うん、これならいい。わざわざ手間かけさせて悪かったな」
「いえ。こちらこそ、申し訳ありませんでした」
客が工房を出ていく。僕はその背中を見送ってから、ゆっくりと振り返った。
工房の中は、いつもと変わらない。弟子たちが作業をしていて、槌の音が響いている。けれど、さっきまで聞こえていた音が、急に遠くなったような気がした。
弟子たちは、何も言わなかった。誰も責めてはいない。ただ、いつもならこんなことはなかったと、みんなが思っているような気がした。
僕だって、そう思っていた。
以前なら、仕上げの段階で気づけたはずだ。何度も確かめて、自分では問題ないと思った。それなのに、客に指摘されるまで、違和感を見落としていた。
「……どうしたんだろう、僕」
思わず、声がこぼれた。答えは分からなかった。
ただ、最近、集中できていないことは自分でも分かっていた。
作業中に手が止まる。判断に迷う。小さなミスをして、やり直す。そして、とうとう客にまで迷惑をかけてしまった。
僕は自分の手を見つめた。この手で、もっといい武器を作れるようになりたい。弟子たちにも、ちゃんと教えられるようになりたい。
それなのに、今の僕は、当たり前にできていたことさえ、うまくできなくなり始めている。
「……しっかりしなきゃ」
小さく呟いて、僕は顔を上げた。
落ち込んでいたって、何も変わらない。原因が分からないなら、今まで以上に気をつければいい。何度でも確認して、間違えないようにすればいい。
グレンさんから任された工房だ。僕を頼ってくれる弟子たちもいる。だから、もっと集中しなきゃ。ちゃんとやらなきゃ。
僕は次の武器を手に取り、仕上がりを確かめ始めた。
今度は、絶対に間違えないように。そう思いながら、僕はいつもより慎重に、刃の表面を見つめた。




