69話 『見えなくなった線』
それから、さらに二ヶ月の月日が流れた。
僕が作った武器は、少しずつ工房の棚に並ぶようになっていた。剣の形も、重さの調整も、以前よりずっと安定してきた。
カインに確認してもらうことも減り、今では自分で仕上がりを判断できることが多くなっていた。
棚に並べた剣を、客が手に取る。
「これ、ゼロが作ったのか?」
「はい、そうです」
答えると、客は剣を持ち上げ、重さを確かめるように何度か握り直した。
「いい剣だな。これにするよ」
「……ありがとうございます!」
そう言ってもらえるのは、やっぱり嬉しかった。
自分が作ったものを気に入ってもらえる。何度も失敗して、ようやく形にしたものが、誰かに選ばれる。それは、今でも変わらず嬉しいことだった。
「また頼むよ」
代金を払い、剣を腰に下げた客が言った。
「はい。また来てください」
僕は笑って見送った。
けれど、客が工房を出ていくと、ついその背中を目で追ってしまう。
あの人も、僕の作った剣を持って戦いに行くのだろうか。そんな考えが、いつまでも頭から離れなかった。
僕には分からない。ただ、あの人が持っていった剣は、僕が作ったものだった。
「……ゼロ、次の分、仕上がってるか?」
カインに声をかけられ、僕は振り返った。
「あ、うん。今持ってくる」
作業台に戻り、仕上がった剣を手に取る。刃を確かめ、柄を握る。
問題はない。これなら、きっと喜んでもらえる。そう思うのに、胸の奥に小さな引っかかりが残っていた。
僕は剣を棚に並べた。誰かが買っていく。気に入ってくれる。また作ってほしいと言ってくれる。それは、職人として嬉しいことのはずだった。
なのに、客が剣を持って帰る姿を見るたびに、同じことを考えてしまう。
……この人も、これを使って戦うんだ。
そして、僕は工房に残る。鉄を熱して、叩いて、武器を作る。それが僕の仕事だ。分かっている。
嫌なわけじゃない。作ることは、今でも好きだった。でも。
「……僕は、作ることしかできない」
声に出してみると、思っていたよりも寂しい言葉に聞こえた。
僕は手のひらを見下ろした。職人としてできることが増えていくほど、僕にはできないことも、少しずつはっきりしていく気がした。
「……なんか、違うな」
呟いた声は、槌の音に紛れて消えた。
僕は顔を上げ、次の鉄を炉に入れた。考えても、答えは出なかった。だから、今は手を動かすしかなかった。
それからも、変わらず工房での日々は続いた。気がつけば、僕がこの工房に来てから半年ほどが経っていた。
工房での仕事にも、すっかり慣れてきた。鉄の状態を見れば、どこを叩けばいいのか分かる。武器の仕上がりを確かめるときも、以前ほど迷うことはなくなっていた。
「ゼロさん!」
「どうした?」
「この剣なんすけど、持ち手の部分見てもらいたくて」
弟子たちに声をかけられれば、一緒に考え、必要なことを伝える。僕が作業をしていると、自然と相談に来る人も増えていた。
だからこそ、最近の自分の変化が、少し気になっていた。
「……あれ?」
金床の上の鉄を見つめ、僕は手を止めた。
いつもなら、見ただけで分かるはずだった。どこが歪んでいて、どこに力を加えればいいのか。何度も繰り返してきた作業だ。迷うようなことじゃない。
なのに、一瞬だけ、どうすればいいのか分からなくなった。僕は鉄を持ち上げ、角度を変えて確かめた。
「……ここ、かな」
槌を振り下ろす。鉄を確かめると、思っていたところとは違う部分が潰れていた。
「……違ったか」
もう一度、炉に戻す。
熱し直してから、今度は慎重に叩いた。今度こそ大丈夫だと思った。けれど、形を確かめると、わずかに歪みが残っていた。
僕は息を吐いた。こんな小さなミス、前ならしなかったはずだ。
気を取り直して、次の作業に取りかかる。余計なことを考えず、目の前の鉄だけを見る。そう自分に言い聞かせた。
それでも、ふと手が止まる。気づけば鉄を見つめたまま、ぼんやりしていた。
「ゼロさん、どうしたんすか?」
声をかけられて、僕は顔を上げた。
「……なんでもない」
そう答えて、僕は槌を握り直した。集中しなきゃ。そう思うほど、頭の片隅に客たちの背中が浮かんできた。
僕の作った剣を腰に下げて、魔物狩りに行くと言った人。あれからも、何人もの客が武器を買っていった。そのたびに、同じことを考えてしまう。
僕は、ここで何をしているんだろう。
「……違う」
小さく呟いて、首を振った。今は仕事中だ。考えたって答えが出るわけじゃない。だったら、目の前のことをちゃんとやらなきゃいけない。
グレンさんだって、簡単に仕事を投げ出したりはしなかったはずだ。
それに、今は僕を頼ってくれる弟子たちがいる。僕が迷っていたら、彼らにも余計な心配をかけてしまう。だから、ちゃんとしなきゃ。
僕は鉄を炉に戻し、熱が入るのを待った。
もう一度、最初からやり直そう。そうすれば、きっと大丈夫だ。僕はそう自分に言い聞かせながら、再び槌を振るった。




