【第5章 作る者、戦う者】 67話 『僕の剣が戦う場所』
それから、約一カ月が経った。僕は相変わらず、工房で鉄を叩いていた。
ごうごうと唸る炉の熱が肌を灼く。鉄を入れ、芯まで赤くなるのを待つ。金床に置き、槌を振り下ろす。火花が飛び散り、鼓膜を打つ金属音が工房に響いた。
「……よし」
鉄の形を確かめる。少しだけ歪んでいた。僕はもう一度、鉄を炉に戻した。
前なら、どうして歪んだのか分からず、何度も叩き直していたと思う。
でも、今は違う。どこを叩きすぎたのか。どこに力がかかっていたのか。少しずつだけど、分かるようになってきた。
「ゼロ、そっちの剣、もう並べていいぞ」
近くで作業していたカインが言った。
「うん。分かった」
僕はできあがった剣を持ち上げた。刃の形を確かめる。厚さも、重さも問題ない。柄を握ってみても、違和感はなかった。
「……これなら大丈夫かな」
「おう。最近、ずいぶん安定してきたな」
「そうかな?」
「ああ。最初の頃なんて、何本作り直したか分からないくらいだったからな」
「……それは、言わないでよ」
僕がそう言うと、カインは笑った。
僕も少し笑ってから、剣を工房の入口近くにある棚へ運んだ。
そこには、僕や他の職人たちが作った武器が並んでいる。剣や短剣、それに簡単な修理を終えた武器もあった。工房に来た客が、気に入ったものを買っていくことがあるらしい。
僕は今まで、武器を作ることばかり考えていた。だから、棚に並べた剣が誰かに買われていくことを、あまり意識していなかった。
作ったものを置いておけば、必要な人が手に取る。そのくらいに思っていた。そのときだった。
「すまんが、ちょっと剣を見せてもらってもいいか?」
工房の入口から、一人の男が入ってきた。腰には古びた剣を下げている。服にも細かな傷や汚れがあった。旅をしている人なのかもしれない。
「ああ、どうぞ」
カインが答えた。
男は棚に近づき、並んでいる剣を一本ずつ見ていった。そして、僕がさっき置いた剣の前で足を止めた。
「……これ、いいな」
男が剣を手に取った。僕は思わず、そっちを見た。
刃を確かめるように傾ける。柄を握り、何度か持ち直す。男はふっと息を吐き、剣を鋭く振った。空気を切る音が、工房に小さく響いた。
「いい剣だな」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少し熱くなった。
僕が作った剣だった。何度も鉄を熱して、叩いて、形を整えた。失敗して、やり直して。それでも最後まで作り上げた一本だった。それを今、目の前の人が手に取ってくれている。
「……ありがとうございます」
気づけば、そう答えていた。男がこっちを見る。
「お前が作ったのか?」
「はい」
「へえ……」
男はもう一度、剣を眺めた。
「持った感じも悪くない。これにするよ」
「……本当、ですか?」
「ああ。いくらだ?」
男はカインに代金を尋ねる。
「七十クレストです」
カインが値段を伝え、男はそれを支払った。そして、剣を腰に下げる。
その姿を見て、僕は少し嬉しくなった。僕が作った剣が、誰かのものになった。それだけのことなのに、なんだか不思議だった。
男は入口へ向かいかけて、ふと思い出したように振り返った。
「そうだ。これで次の魔物狩りに行くんだ」
「……魔物狩り?」
思わず聞き返していた。
「ああ。近くの森に魔物が出るんだよ。そろそろ今の剣も替え時だと思ってな」
男は腰の剣に手を添えた。
「新しい剣なら、こいつも役に立ってくれるだろ」
そう言って、笑った。僕は何も言えなかった。男はそのまま工房を出ていった。
僕は、入口のところまで歩いた。外へ出る必要はなかった。ただ、その背中を見たかった。
男は町の通りを歩いていく。腰には、僕が作った剣がある。あの人は、これを持って魔物と戦う。僕が工房で鉄を叩いている間に、あの人は外へ出て、魔物と向き合う。僕が作った剣で。
「……」
胸の奥が、かすかにざわついた。剣を褒めてもらえたのは嬉しかった。自分の作ったものを選んでもらえたことも、嬉しかった。
それなのに、どうしてだろう。
僕は、遠ざかっていく背中を見つめた。
……この人は、僕の作った剣で戦うんだ。そのことが、今まで考えていたよりも、ずっとはっきりと感じられた。
僕は工房の中を振り返った。
炉がある。金床がある。槌がある。いつもの場所だった。僕が鉄を叩いて、剣を作る場所。
それが嫌になったわけじゃない。むしろ、作ることは今でも楽しい。昨日より少し上手くできたときは嬉しいし、失敗した原因が分かったときには、もっと作りたくなる。
これからも、いろんな剣を作りたいと思っている。なのに。
「……僕は?」
小さな声が、口からこぼれた。
僕は何をするんだろう。これからも、ここで剣を作り続ける。それは分かっている。
でも、剣を持って戦う人たちがいる。その人たちが向かう場所に、僕はいない。
「ゼロ?」
後ろからカインに呼ばれた。
「……あ、ごめん。どうしたの?」
「いや、ぼーっとしてたから。大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
僕はそう答えて、もう一度、通りの向こうを見た。男の人の姿は、もう見えなくなっていた。
「……そっか」
僕は小さく呟いて、工房へ戻った。金床の前には、次に作るための鉄が置かれている。
僕は槌を握った。いつもどおり、鉄を叩けばいい。そう思ったのに、さっきの男の人の言葉が、頭の中に残っていた。
『これで次の魔物狩りに行くんだ』
僕は鉄を見つめた。……僕は。そこから先は、まだ何も浮かばなかった。




