66話 『王都への贈り物』
それから、何日か経った。
僕は何度も短剣を作り直した。刃の長さを変えた。重さを変えた。柄の形も変えた。
作って、握ってみる。少し違う。また作る。それを何度も繰り返した。
そして、ようやく。
「……これだ」
僕は、できあがった短剣を見つめた。細い刃。短すぎない長さ。軽いけれど、軽すぎない。柄を握る。手の中に、すっと収まった。
「……うん」
今まで作ったものとは違う。これなら、フィオナが持っても大丈夫だと思った。
僕は短剣を布で包んだ。
工房を見回す。職人たちは、それぞれ自分の仕事をしている。僕は少し考えてから、近くにいたカインに声をかけた。
「僕、ちょっと出てくる」
「分かった」
「今日中には戻る。それまで任せてもいいかな?」
「ああ、任しとけ」
カインに伝えて、僕は工房を出た。
短剣を、フィオナに渡しに行くためだった。王都までは少し遠い。何度か馬車を乗り継いで、空白地帯の近くまで向かった。
窓の外を眺めながら、僕は膝の上の包みを確認した。ちゃんとある。落としてない。傷ついてもいない。
「……喜んでくれるかな」
小さく呟いた。
しばらくして、目的の場所に着いた。フィオナがいる場所を聞いて、僕は一人で歩いた。少し探したあと、見覚えのある姿を見つけた。
「フィオナ」
「……ゼロ?」
フィオナが振り返る。
「どうしてここに?」
「ちょっと、渡したいものがあって」
「……私に?」
「うん」
僕が包みを取り出すと、フィオナは少し目を細めた。
「……何?」
「開けてみて」
フィオナが布をほどく。中から、一本の短剣が現れた。
「……」
フィオナは黙って短剣を見る。僕は少し緊張しながら、その様子を見ていた。
「……綺麗」
「うん」
「これ……」
「フィオナのために作った」
フィオナの手が止まった。
「……私の?」
「うん」
フィオナは短剣を持ち上げた。刃を眺める。それから、柄を握った。何度か握り直して、手の中で重さを確かめる。
「……軽い」
「うん。フィオナは細い剣を見てたから」
「……覚えてたの」
「うん」
フィオナは何も言わなかった。ただ、短剣を握ったまま、しばらく見つめていた。
「……悪くない」
「本当?」
「うん」
わずかに、口元が上がる。
「私に合ってる」
「よかった」
僕はほっとした。何度も作り直した。これで違うと言われたら、また作るつもりだった。
「……ゼロ」
「ん?」
「ありがとう」
小さな声だった。
「うん」
「大切にする」
フィオナはそう言って、短剣を胸元に引き寄せた。その手は、さっきより少しだけ強く柄を握っていた。
僕はその姿を見て、なんだか嬉しくなった。
ずっと、フィオナがこの短剣を握っているところを想像していた。
どうすればもっと持ちやすいか。どうすればもっと使いやすいか。そうやって考えている時間が、楽しかった。
フィオナはしばらく短剣を見つめて、それから、鞘に収めた。そして、ゆっくりと布で包む。その動きが、なんとなく丁寧だった。
僕は何も言わなかった。フィオナも、何も言わない。少しの間、静かな時間が流れた。
僕は自分の手を見る。何度も槌を握った手。何度も鉄を叩いた手。小さな傷や、火傷の跡も残っている。
前は、失敗するたびに悔しかった。でも今は、その失敗も悪くないと思える。
何度も作り直したから、この短剣ができた。そして今、その短剣はフィオナの手の中にある。
「……職人って、楽しいね」
僕が言うと、フィオナが僕を見る。
「……そう」
「うん」
短い返事だった。僕は笑って頷いた。工房にいたときも楽しかった。鉄を見て、叩いて、失敗して。少しずつできることが増えていくのも嬉しかった。
でも、今はそれとは少し違う。自分が作ったものを、誰かが大切にしてくれる。そのことが、嬉しかった。
「もっと作りたい」
「……」
「いろんな剣を作ってみたい」
僕の言葉に、フィオナは小さく頷いた。
「ゼロなら、できるんじゃない」
「……うん」
今度は僕も、迷わず頷いた。荷物を肩に掛け直すと、フィオナがじっと僕を見つめた。
「帰るの?」
「うん。明日も工房があるから」
「……そっか」
フィオナは布に包んだ短剣を手に持った。それを大事そうに抱えるようにしている。
「じゃあ、またね」
「……うん」
フィオナは少しだけ笑った。僕も笑った。
帰り道、僕は何度も自分の手を見た。今日まで、たくさん失敗した。これからも、きっと失敗する。
でも、それでもいい。鉄を見て、叩いて、形を作る。誰かのために、自分の手で何かを作る。それが、楽しかった。
フィオナが短剣を大切そうに持ってくれたことも嬉しかった。もっと上手くなりたいと思った。もっと、いろんなものを作りたいと思った。
もしかしたら――。これが、僕がずっと探していたものなのかもしれない。僕が、本当にやりたいと思えることなのかもしれない。
そのときの僕は、それが答えなんだと思っていた。




