65話 『フィオナの短剣』
次の日から、僕はフィオナのための剣を作り始めた。
「どんな剣にするんだ?」
カインが隣から聞いてきた。
「分からない」
「分からないのに作るのか?」
「うん」
僕は鉄を見た。まずは普通の剣を作ってみることにした。
鉄を炉に入れる。赤くなるまで待つ。取り出して、金床に置く。槌を握った。
「……ここだ」
ガンッと音が響く。鉄が潰れる。
もう一度、槌を振る。少しずつ刃を伸ばしていく。厚さを整える。余分なところを削る。何度も鉄を炉に戻して、何度も叩いた。
しばらくして、一本の剣らしい形になった。
「……できた」
僕は剣を持ち上げた。長さは悪くない。重さも、普通の剣としてはおかしくない。
「どう?」
カインに見せる。カインは剣を受け取った。
「……おぉ、すげえ! ちゃんと剣になってる」
「うん」
僕も剣を受け取る。しばらく眺めて、それから握ってみる。
「……」
悪くない。ちゃんと剣になっている。でも、少し考えた。
「……これ、重いかな」
「え?」
「フィオナが持ったら」
フィオナがこの剣を握っているところを想像する。僕より細い。腕も細い。この長さだと、少し扱いにくいかもしれない。
「……違うな」
「作り直すのか?」
カインが苦笑する。
「うん」
僕は剣を見る。
「もう少し軽いほうがいい」
そう言って、僕は鉄を炉に入れた。次は刃を少し細くする。長さも少し短くする。柄も変えてみる。
叩く。もう一度。
「……」
できあがった剣を握ってみる。さっきよりはいい。でも、まだ何か違う。僕は剣を見ながら考えた。
そのとき、ふと思い出した。昨日、フィオナが見ていた剣。細い剣だった。でも、もっと小さかった気がする。
「……そういえば、あれって」
短剣だった。僕は工房の壁に並んでいる武器を見る。
「……これだ」
僕は剣を置いて、短剣を手に取る。
……これならフィオナの手にも合うかもしれない。長すぎない。重すぎない。それに、持ち運びもしやすい。
「短剣を作ってみる」
「なるほどな」
カインが頷いた。
「じゃあ、今度は決まったんだな」
「うん」
僕は新しい鉄を炉に入れた。
今度は、最初から作り方を変える。刃を短くする。細くする。重さも抑える。柄も、フィオナの手を思い浮かべながら形を決める。
「……ここは、もう少し細く」
叩く。鉄が形を変える。もう一度、叩く。
「……こっちかな」
少しずつ形ができていく。でも、一度ではうまくいかなかった。
「……違う」
また作り直す。刃の長さを変える。重さを変える。柄の形も変える。作って、握ってみる。……少し違う。また作る。それを何度も繰り返した。
「そこ、少し薄すぎるぞ」
近くで作業していた職人が声をかけてきた。
「ここ?」
「ああ。そこまで薄くすると、強く振ったときに折れるかもしれない」
「……なるほど」
僕は鉄を見る。言われてみると、確かに薄い。
「ありがとう」
「頑張れよ」
職人はそう言って、自分の作業に戻った。
僕はもう一度、槌を握った。教えてもらったことを頭の中で考える。でも、考えすぎると手が止まる。
「……違う」
また失敗した。刃が少し歪んだ。
「……あ」
僕は鉄を見る。
「また失敗したな」
カインが言った。
「うん」
「どうする?」
「作り直す」
「また?」
「うん」
僕は鉄を炉に入れた。それから、何度も作った。一本目。二本目。三本目。どれも、どこか違った。形はできる。短剣にもなる。
でも、フィオナが持っているところを想像すると、何かが違う。
「……これじゃない」
また炉に入れる。気づけば、昼を過ぎていた。
「ゼロ」
「ん?」
「飯、食べないのか?」
「あとで」
「もう昼過ぎてるぞ」
「うん。もう少しだけ」
カインは少し困ったように笑った。
「分かった。でも、あんま無理すんなよ」
「うん」
カインが工房を出ていく。
僕はまた鉄を見た。赤くなった鉄を金床に置く。槌を振る。叩く。鉄が形を変える。
「……ここじゃない」
また叩く。
「……もう少し、こっち」
今度は少しだけ、思った形に近づいた。
「……」
僕は短剣を見た。でも、まだ違う。また作り直す。何度も繰り返しているうちに、周りの職人たちも僕を見るようになっていた。
「まだやってるのか」
「朝からずっとだぞ」
「飯も食ってないらしい」
「そこまでやるか?」
そんな感じの声が聞こえた。でも、僕は気にしなかった。
鉄を見る。叩く。失敗する。作り直す。その繰り返しが、少し楽しくなっていた。
次は、もっと上手くできるかもしれない。そう思うと、また槌を握りたくなった。
気づけば、工房に残っている職人も少なくなっていた。カインも帰った。僕は一人で作業を続けていた。槌を振る。鉄を炉に戻す。また叩く。
何度目か分からなくなった頃。
「……できた」
僕は槌を置いた。できあがった短剣を持ち上げる。細くて、軽い。刃の形も、最初に作ったものとは違う。
僕は短剣を握ったまま、じっと見た。
「……これなら――」
そのときだった。
「まだやってたのか」
後ろから声がした。振り返る。昼間に話しかけてきた職人だった。
「うん」
「もう夜だぞ」
僕はそこで初めて、窓の外を見た。いつの間にか、外は真っ暗になっていた。
「……本当だ」
工房の中には、炉の火だけが赤く残っている。
「その短剣……」
職人は、僕が持っている短剣を見た。
「誰かのために作ってるのか?」
「うん」
「そうか」
職人は少し黙って、それからまた口を開いた。
「前に見たときより、ずっといいな」
「うん。何回も作り直した」
「貸してみろ」
そう言われ、短剣を渡す。職人は刃を見て、重さを確かめる。
「……悪くない」
「本当?」
「ああ」
短剣を返される。
「少なくとも、最初に見たときよりずっといい」
「そっか」
僕は短剣を見た。
「まだ、もっと良くできると思う」
「……まだやるのか?」
「うん」
職人は少し呆れたように笑った。
「お前、本当に職人になりたいんだな」
「うん」
僕は頷いた。
「作るの、楽しいから」
職人は少し驚いた顔をした。それから、小さく笑った。
「……そうか」
その日から、工房の人たちの僕を見る目が、少しずつ変わっていった。




