62話 『グレンの弟子と、余った部屋』
工房を出ようとしたとき、ふとグレンの言葉を思い出した。
『失敗しろ。火傷しろ。それでも続けろ』
昨日は、ただ聞いていただけだった。でも、今日なら少し分かる。
失敗するから、分かることがある。火傷するから、覚えることがある。僕はまだ、何もできない。だったら。
「……もう一回、やろう」
明日もここに来よう。そう決意して、扉に手をかけたときだった。
「……あ、あのさ」
後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには一人の職人が立っていた。
僕より少し年上くらいに見える。明るい茶色の髪を短く切っていて、額には少し汗が浮かんでいた。服も他の職人と同じ作業着だったけど、体つきはグレンほど大きくない。
「どうしたの?」
「いや……その」
男は少し困ったように頭をかいた。
「今日、初めてだったんだろ?」
「うん」
「なのに、最後までやってたから」
「まぁ、全然できなかったけど」
「うん。グレンさんも、最初はそんな感じだった」
「グレンさんも?」
「俺、グレンさんの弟子なんだ」
そう言って、男は少し笑った。
「俺は、カイン」
「カイン?」
「そう。よろしく」
「うん。僕はゼロ」
「知ってるよ」
カインは笑った。
「昨日、グレンさんに勝ったんだろ?」
「うん」
「すごいよな」
「……そうかな」
「俺には無理だよ。グレンさんに勝つなんて」
カインはそう言って、少し遠くを見るような顔をした。
「グレンさん、怖かった?」
「うん。ちょっと」
「だよな」
カインが小さく笑う。
「でも、すげーいい人だろ?」
「うん」
僕は頷いた。
「僕に、失敗しろって言ってくれたし」
「ぶはっ、まじか……グレンさんらしいな」
カインは嬉しそうに笑った。
「俺も、何度も言われたよ。失敗してもいいから続けろって」
「そうなんだ」
「だから、今日のお前を見てたら、なんとなく分かった」
「何が?」
「グレンさんが、お前に職人の称号を渡した理由」
僕は少し考えた。
「……僕、職人になれるかな」
「なれるんじゃない?」
カインはあっさり言った。
「だって、明日も来るんだろ?」
「うん」
「なら、大丈夫だよ」
そう言ってから、カインは少し考えるように黙った。
「……そういえば」
「なに?」
「お前、これからどこに住むんだ?」
「……分からない」
「え?」
「まだ決めてない」
カインは目を丸くした。
「……まさか、何も考えてなかったのか?」
「うん」
「そっか……」
カインは少し困ったように笑った。
「じゃあ、うちに来る?」
「いいの?」
「部屋は余ってるから。しばらくは大丈夫だよ」
「……ありがとう」
「その代わり、家事は手伝ってくれよな」
「うん」
僕は頷いた。
今日から、ここで働く。そして、カインの家で暮らす。新しい生活が始まった気がした。




