【第4章 職人の道】 61話 『熱気と鉄の洗礼』
次の日の朝。僕は、工房の前に立っていた。
昨日、グレンに勝った。そして僕は、職人の称号を受け取った。だから今日から、ここで働くことになった。
アルフィーとフィオナは、もういない。二人には二人のやることがある。
僕がこの町に残って職人をやることを決めたから、二人はいったん空白地帯へ戻ることになった。
「じゃあ、また来る」
昨日の夜、アルフィーはそう言った。
「うん」
「無茶すんなよ」
「分かってる」
「……お前の場合、分かってるって言うときほど無茶するからな」
そう言って、アルフィーは少し呆れた顔をしていた。
フィオナは何も言わず、僕を見ていた。
「……ちゃんと職人になって」
「うん」
「ゼロなら、できるでしょ」
「……ありがとう。頑張るよ」
二人がいなくなるのは、少し寂しかった。でも、僕にはやることがある。
僕は工房の扉を開けた。中から熱気が流れてきた。むっとした熱が顔を覆う。肌がじりじりするくらい熱かった。
「……わあ」
思わず声が出た。昨日も見た場所なのに、今日は違って見えた。
大きな炉がいくつも並んでいる。その奥では、何人もの職人が働いていた。金床に鉄を置き、槌を振っている人。炉の火を調整している人。出来上がった刃を磨いている人。
壁際には、まだ加工されていない鉄が積まれている。鉄の匂い。火の熱。槌が鉄を叩く音。全部が僕には新鮮だった。
僕は少しずつ中へ入っていく。昨日までは、ここにグレンがいた。でも、今日は違う。僕がここで働く。
そう思うと、胸が少し熱くなった。そのときだった。
「……あれが、グレンさんの代わりに来た人か」
後ろから声が聞こえた。
「そうみたいだな」
「昨日の称号バトルで勝ったっていう?」
「ああ」
「職人の称号は持ってるらしいけど……」
「でも、職人として働いたことはないんだろ?」
「たぶんな」
僕は振り返らなかった。聞こえている。僕のことを話しているのも分かる。気にはなったけど、それよりも工房の中の方がもっと気になった。
大きな金床がある。その隣には、槌がいくつも置かれている。形も大きさも違う。
「これ……全部使うのかな」
僕が呟くと、近くにいた職人がこっちを見た。
「使い分けるんだよ」
「そうなんだ」
「……本当に何も知らないんだな」
その声には、少し驚きが混じっていた。僕は頷いた。
「うん。できれば、教えてほしいんだけど」
「……」
職人は少し黙った。それから、工房の端にある金床を指差した。
「まずは、そこ使え」
「いいの?」
「壊すなよ」
「分かった」
僕はすぐに鉄を取りに行った。
鉄を持ち上げる。ずしっと重い。表面はざらざらしていて、手に冷たさが伝わってくる。
でも、触れた瞬間。鉄の中に、線が見えた。厚いところ。薄いところ。力が集まっているところ。どこを叩けば、どう形が変わるのか。
昨日と同じだった。
「……やっぱり見える」
僕は少し嬉しくなった。
鉄を炉に入れる。赤くなるまで待つ。取り出す。金床に置く。槌を握る。振り下ろす。
ガンッと鉄を叩く音が響いた。鉄が潰れる。槌を握った手に、固い衝撃が返ってきた。
「……あれ?」
でも、思った形とは違った。もう一度、槌を振るう。再び鉄を叩く音が響いた。鉄が大きく歪む。……今度は強すぎた。
僕は首を傾げた。どこを叩けばいいのかは分かっている。でも、手がその通りに動かない。
「力を入れすぎだ」
後ろから声がした。
「そうなの?」
「あと、熱しすぎてる」
鉄を見る。確かにそうだった。
「……なるほど」
もう一度炉に入れようとして、鉄を持つ。その瞬間、熱が手に伝わってきた。それは、手のひらの皮がじりじりと爆ぜるような、尋常じゃない熱さだった。
「熱っ!」
慌てて手を離した。鉄が金床の上に落ちる。僕は手を見る。少し赤くなっていた。
「だから気をつけろって」
職人が呆れたように言った。
「ごめん」
僕は手を振った。痛い。でも、それよりも。もう一度やりたい。
「……」
鉄を見る。構造は分かる。どこを叩けばいいかも分かる。
でも、それだけじゃ足りない。火を扱うこと。槌を振ること。鉄が冷める速さを覚えること。全部、自分で覚えないといけない。
僕はもう一度、鉄を炉に入れた。まだ誰も、僕を職人として認めてはいない。それでいい。僕だって、まだ何もできない。
でも、やってみたい。その気持ちだけは、昨日からずっと変わっていなかった。
「……よし」
僕はもう一度、槌を握った。それから何度も鉄を叩いた。
強すぎたり、弱すぎたりする。熱しすぎたり、冷ましすぎたりする。頭の中では形が見えているのに、手を動かすと全然その通りにならない。
「……はぁ」
気づけば、工房の中も少しずつ静かになっていた。
周りでは、職人たちが道具を片付け始めている。僕の前には、何度も叩いて形を変えた鉄が残っていた。
結局、武器らしい形にすらできなかった。手のひらを見る。赤くなったところが、まだ少し痛い。
「今日はそのへんにしとけ」
近くの職人が言った。
「……うん」
僕は鉄を置いた。悔しかった。鉄の中に何があるのかは分かる。どこを叩けばいいのかも分かる。なのに、できない。




