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57話 『俺を超えてみろ』

「……は?」


 グレンは少し黙った。


「お前、本気で言ってんのか?」


「うん」


 僕は頷いた。どうしても、あの剣から目を離せなかった。


「……剣を作りたい?」


「うん」


「お前、鍛冶なんてやったことあんのか?」


「ない」


「槌を握ったことは?」


「ない」


「……」


 グレンが眉間を押さえた。


「じゃあ、なんで作れると思った?」


「それは……分からない」


「分からねえのかよ」


「でも、作ってみたい」


 グレンはしばらく僕の顔を見ていた。やがて、小さく息を吐く。


「……まあいい」


 グレンは作業台の横に立てかけてあった槌を手に取った。


「だったら、まず槌を握ってみろ」


「……これ?」


「ああ」


 僕は槌を受け取った。思っていたより重い。


「持ち方はこうだ」


 グレンが僕の手を見て、少し位置を直す。


「力を入れすぎるな。腕だけで振るんじゃねえ。肩と肘を使え」


「こう?」


「違う。もっとこうだ」


 グレンが自分で槌を握って、振り方を見せる。


「……分かった」


 僕も真似して槌を振ってみる。ブン、と空気を切る音がした。


「……」


 思ったより重い。もう一度振ってみる。今度は少し体がよろけた。


「力みすぎだ」


「うん」


「何度か振ってみろ。体に馴染ませるんだ」


 僕は言われた通り、何度か槌を振った。まだぎこちない。手に力が入りすぎる。肩にも余計な力が入っているのがわかる。


「……難しい」


「最初からできる奴なんていねえよ」


 グレンはそう言うと、炉のほうへ向かった。


「ちょっと待ってろ」


 炉の中から、赤く熱せられた鉄を取り出す。赤い光が、工房の中を照らした。グレンがそれを作業台の上に置く。


「これを打て」


「これ?」


「ああ。まずは真ん中だ」


 僕は鉄を見る。赤く熱せられた鉄。槌を握る。そして、教えられた通りに振り下ろした。

 

 ガンッ、と鈍い音が響いた。腕に強い衝撃が返ってくる。


「……っ」


「もう一度」


 僕は槌を振り上げ、もう一度打った。その瞬間だった。


「……!?」


 鉄を見ていた僕の目に、何かが浮かんだ。


 さっきまで、ただ赤く熱せられた塊にしか見えなかった。なのに今は違う。


 鉄の中に、線が見える。どこが厚くて、どこが薄いのか。どこに力が集まっていて、どこへ逃げるのか。どこを打てば、どこが動くのか。


 頭で考えているわけじゃない。ただ、見れば分かる。


「……ここか」


 気づけば、僕は槌を振り下ろしていた。


 激しい音が響き、火花が散る。グレンが教えてくれた正しいフォームなんて、もう意識する余裕はなかった。


 でも、鉄の中には線が見えていた。その線が交わる場所も、ちゃんと分かる。


「……次はここだ」


 僕は、線の交差点に狙いを定めて、槌を振り下ろした。何度も無心で槌を叩きつける。


 叩くたびに鉄の塊が生き物のように形を変えていくのが、たまらなく気持ちよかった。


「おい、ちょっと待て、手首の角度が――」


「……いや、こっちのほうがいい」


 グレンの制止を遮るように、僕はさらに強く槌を打ち下ろした。


 手首をほんの数ミリ内側に傾けるだけで、鉄への力の伝わり方が劇的に変わる。そんなこと、誰にも教わっていない。なのに、なぜかわかってしまう。


「ここを打つと、こっちに歪むから……次はこっちだ」  


 我を忘れたまま、流れるように次の場所を打つ。ぎこちなさは徐々に薄れ、叩くリズムが一定になっていく。


「……おい」


 低い声がして、僕の手首が強引に掴まれた。


「……?」


 振り返ると、グレンが僕の手首を握ったまま、じっと僕を見ていた。


「もういい」


「え……でも、まだ打てるよ」


「そういう意味じゃねえ」


 グレンの手が離れた。僕は鉄を見る。まだ、線が見えていた。


「……面白いんだ」


 口から、自然に言葉が出た。


「もっとやりたい」


 グレンは何も言わなかった。ただ、僕の手にある槌と、叩き続けた鉄を交互に見ていた。


「……お前」


「ん?」


「初めてなんだよな」


「うん」


「槌を握ったのも、鉄を打ったのも」


「うん」


 グレンが黙る。その沈黙が、少し長かった。


「……なのに、なんでだ」


「えっ」


「なんで、分かる」


 僕は首を傾げた。


「……分からない。ただ、見えるから」


「……」


 グレンの顔が険しくなった。


「俺だって……分かる」


 低い声だった。


「何年打ってきたと思ってやがる」


 歯を噛みしめる。


「何度も失敗して、何度も打って覚えてきた」


 だんだん声が荒くなる。


「それを……お前は、初めて槌を握って、見ただけで分かるのかよ!」


「……うん」


「ふざけんな……」


 グレンが吐き捨てるように言った。


 僕はグレンを見る。怒っている。でも、どうして怒っているのかは、よく分からなかった。


「……僕、何かした?」


「してねえよ」


「じゃあ、なんで怒ってるの?」


 グレンの眉がピクリと吊り上がる。


「お前は何も分かってねえ」


 そう言って、一歩近づく。


「鉄を打つってのはな、見て分かれば終わりじゃねえ」


 槌を握った手が上がる。


「打って、失敗して、火傷して、それでもまた打つ」


 重い槌が振り下ろされ、ガンッ、と凄まじい金属音が工房に轟いた。


「それを何年も繰り返して、ようやく自分のものになるんだ」


 もう一度、激しい金属音が響き、火花がグレンの服を焦がすように散る。


「それを……」


 三度目。鼓膜を震わせる音が響き渡った。


「お前は、たった今始めたばかりだろうが」


 僕は鉄を見る。グレンの言っていることは、なんとなく分かった。でも。


「……僕だって、もっとやりたい」


 グレンの槌が止まった。


「もっと打ってみたい」


「……」


「失敗してもか?」


 グレンが僕を見る。


「うん」


「火傷するのもか?」


「うん」


「お前……」


「……僕も、職人になりたい」


 グレンが黙った。


「……職人、ねえ」


 低い声だった。


「才能があるからって、職人を名乗れると思うな」


「……」


「鉄を打て。失敗しろ。火傷しろ。それでも続けろ」


「やるよ。僕、本気でやってみたいんだ」


「……」


「僕は、職人になりたい」


 それから、少しだけ間があった。


「……あぁ、そうかよ」


 グレンは槌を置いた。そして、僕を睨むように見る。長い沈黙だった。やがて、グレンが小さく息を吐く。


「……だったら――」


 顔を上げる。


「俺を超えてみろ」


「……え?」


「だから、俺を超えろ」


 グレンの目が、まっすぐ僕を捉えていた。


「どうやって?」


「称号バトルだ」


「称号バトル……?」


「ああ」


 グレンは自分の胸元へ手をやった。


「当たり前だが、俺は『職人』を捨てるつもりはねえ。お前に勝って、もっと上へ行く」


「……」


「称号バトルで勝てば、相手の称号を奪うこともできる。だが、それだけじゃねえ」


 その手が、強く握られる。


「自分の称号を、さらに強くすることもできる」


 僕はグレンを見る。


「だから、僕と戦いたいの?」


「そうだ」


 迷いのない返事だった。


「俺は、お前のために戦うんじゃねえ」


 グレンが言った。


「俺自身が、もっと上に行くために戦う」


 その言葉を聞いて、僕は少し考えた。そして、頷いた。


「……分かった」


「やるのか?」


「うん」


 僕は槌を握ったまま、グレンを見る。


「やろう」


 グレンはしばらく黙っていた。やがて、口元をわずかに上げる。


「……決まりだ」


 グレンがそう言った。


 僕は握っていた槌を置いた。手のひらには、まだ鉄の熱が残っているような気がした。


 さっきまで、鉄なんて打ったこともなかった。なのに。今は、もう一度打ちたいと思っている。


 胸の奥に、変な確信があった。初めてなのに、僕にはこれができる。


 どうしてそう思えるのか、自分でも分からない。でも、分かる。もしかしたら。これが、僕のやるべきことなのかもしれない。


「行くぞ」


 グレンが工房の入口へ歩いていく。


「どこに?」


「アリーナだ」


「……今から?」


「ああ。称号バトル、やるんだろ」


「……うん」


 僕は頷いた。

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