56話 『壁際の青い石』
僕たちは、町の門へ向かって歩いた。大きな門をくぐる。その先に広がっていた光景を見て、僕は足を止めた。
「……すごい」
町のあちこちから、金属を叩くような音が聞こえてくる。
通りには武器を扱う店が並んでいた。
剣。槍。斧。盾。店先に並んでいるものもあれば、工房の奥で作られているものもある。大きな煙突からは煙が上がっていた。
「武器の町……」
僕は店先に並んだ剣を見る。
同じ剣でも、形が少しずつ違う。刃の厚さも違う。柄の長さも違う。装飾があるものもあれば、何もないものもある。
「……これ、全部誰かが作ったんだよね」
「そうだな」
僕は一振りの剣から目を離せなかった。そのとき。カンッ――と、ひときわ大きな音が響いた。僕は顔を上げる。
「……あっちからだ」
通りの奥に、大きな工房が見えた。煙突から煙が上がっている。そして、その中から何度も金属を叩く音が聞こえていた。
僕は自然と、その工房へ向かって歩き出した。
「……ここかな」
通りの奥にある、大きな建物だった。入口は開け放たれている。僕は中を覗いた。
工房の中には、いくつもの作業台が並んでいた。壁には工具が掛けられ、棚には金属の部品が置かれている。床には鉄粉や削り屑が落ちていた。奥には炉がある。
その近くに、一人の男がいた。焼けた肌。短い黒髪。太い腕。煤のついた作業着。手には火傷や傷がいくつも残っている。
男は作業の途中のようだった。僕たちが入ってきても、すぐには振り向かなかった。アルフィーが声をかける。
「あんたが、グレンか」
男が顔を上げた。
「ん……そうだが」
警戒するような目が、僕たちを見る。
「銃を見てもらいたい」
アルフィーが腰の銃を外した。グレンの視線が銃へ移る。
「銃?」
「ああ」
「珍しいな」
グレンが近づいてくる。
「あんた、傭兵か」
「そうだ」
そう言って、アルフィーは銃を差し出した。
グレンはそれを受け取ると、持ち上げて、表面を見る。銃身を確かめる。握りの部分を指でなぞる。
その間、何も言わなかった。さっきまで作業をしていたときよりも、ずっと真剣な顔をしている。
「撃てなくなったのか?」
「ああ」
「いつからだ」
「さっきだ」
「何か変な音はしたか?」
「いや」
「煙は?」
「出てない」
グレンは銃をひっくり返した。
「弾は入ってるな」
「ああ」
グレンは銃を裏返し、作業台の上に置いた。
「どれくらい使ってる?」
「かなり長い」
「手入れは?」
「してる」
「なら、扱いが悪かったわけじゃなさそうだな。……少し分解して見せてもらう。壊れてる場所次第で値段は変わるぞ」
その言葉に、アルフィーの目がわずかに細くなった。
「……できるだけ安くしてくれ。金は有限だ」
「まだ何もしてねえのに値切るのかよ、傭兵さん」
「高すぎて払えなかったら、あんたの作業時間が無駄になる。先に言っておくのは合理的だろ」
グレンが少しだけ呆れたように鼻を鳴らす。
「安心しろ、ボッタくりはしねえ。高かったらその時点で作業を止めてやるよ」
「……頼む」
アルフィーはそれだけ言って、一歩下がって腕を組んだ。
「よし、始めるぞ」
グレンが作業台の前にドカリと座った。慣れた手つきで、銃の部品を外し始める。僕は自然と、その手元に目が吸い寄せられた。
「……」
グレンが僕を見る。
「何だ?」
「え?」
「さっきからじろじろ見てるだろ」
「あ、えっと……ごめんなさい」
「別にいいが」
グレンはそう言って、銃へ視線を戻した。
「珍しいか?」
「はい。こういうところ、初めてで……」
「そうか」
グレンはそれ以上、何も言わなかった。
外した部品を一つずつ作業台の上に並べていく。筒状の部品に、小さな輪っか状の部品……。
僕にはよく分からない。何のためにあるのか分からない。どう動くのかも、どう組み合わさっているのかも、何一つ見えなかった。なのに、なぜか気になった。
「……」
僕は、じっと見ていた。
グレンの指が動く。部品を外す。裏返す。角度を変えて見る。それを何度も繰り返している。
「……僕も見てもいいですか」
気づけば、そう言っていた。考えるより先に、口から言葉が出ていた。ただ、もう少し近くで見てみたかった。
グレンが顔を上げる。
「見せる?」
「はい」
「銃をか?」
「……はい」
グレンは少し黙った。
「ちょっとだけだ。触るなよ」
「ありがとうございます」
グレンは一度だけ銃を持ち上げ、僕のほうへ見せた。
僕は近づいて、銃を見る。さっきまでと同じ銃だった。けれど、こうして近くで見ると、細かいところまで目に入ってくる。
金属の表面、小さな傷、部品と部品の隙間。その一つ一つがはっきり見える。でも、そこから何かが分かるわけじゃない。
――何か、分かりそうなのに。そう思うのに、何も分からなかった。
グレンがまた銃を分解していく。僕は、その動きを目で追った。何を見ているのか、自分でもよく分からない。ただ、気になって仕方がない。部品が外れるたびに、その形を目で追う。
グレンが一つの部品を手に取った。
「……」
僕も、その部品を見る。壊れているようにも見えないし、どこかがおかしいようにも見えない。少なくとも、僕の目には何も見えなかった。
グレンはその部品を指で確かめると、工具を取り出した。小さな器具を使って、部品を測る。何度も角度を変える。カチ、カチ、と冷たい音が響く。
「……ここか」
グレンが呟いた。歪んでいる場所を見つけたらしく、工具で少しずつ調整していく。
僕は黙って、その手元を見ていた。僕には何も分からない。ただ、グレンの手が動くたびに、壊れていたものが少しずつ正しい形に戻っていく。
その光景を見ているのは、不思議と嫌じゃなかった。
グレンは歪んでいた部品を調整すると、もう一度銃を組み直した。部品を一つずつ戻していく。最後に銃を持ち上げ、何度か動きを確かめた。
「……よし。これでいい」
そう言って、銃を差し出す。
「直ったのか?」
「ああ。撃ってみりゃ分かる」
アルフィーは銃を受け取ると、手の中で一度だけ確かめてから腰に戻した。そして、かかった料金を支払う。
「助かった」
「壊れたらまた持ってこい」
「できれば壊れないでほしいな」
グレンが鼻を鳴らす。
「そりゃそうだ」
アルフィーは僕とフィオナを見る。
「じゃあ、行くか」
「うん」
フィオナが頷く。僕も工房を出ようとした。そのときだった。
「……」
ふと、壁際に立てかけられている一本の剣が目に入った。
足が止まった。剣身は静かに光を反射している。そして、柄の近く。そこに、小さな青い石が埋め込まれていた。
「……」
僕は、その剣を見つめた。
「……ゼロ?」
フィオナの声が聞こえる。
「おい、行くぞ」
今度はアルフィーの声だった。
けれど、僕は動けなかった。どこかで、見たことがある。そうだ。前に王都の店先で見た、あの剣だ。あの剣にも、青い石が埋め込まれていた。
「……これ」
僕は剣に近づいた。
「前にも、似たのを見たことがある」
グレンが振り返る。
「お?」
僕が剣を見ていることに気づくと、グレンは少しだけ笑った。
「それが気になるのか」
「うん」
「そいつは俺の師匠が作った剣だ」
「グレンさんの師匠?」
「ああ。昔な」
グレンは剣のほうへ歩いていく。
「いい剣だろ?」
「……うん」
僕は頷いた。青い石が、工房の明かりを受けて小さく光っている。
「前に見たのも、こんな感じだった。もっと大きくて、ずっと高そうだったけど」
「こういう石を使った剣は、結構値が張るぞ」
「高いの?」
「ああ。石自体が高ぇし、剣に埋め込むにも腕がいる」
僕は剣を見つめた。
「……そうなんだ」
「簡単に手に入るもんじゃねえよ」
「……いいな」
口から、自然に言葉が出た。僕はグレンの方を見る。
「グレンさんは、剣も作れるの?」
「ああ。もちろんだ」
グレンは自分の胸を軽く叩いた。
「俺は『職人』だからな。銃だけ直してるわけじゃねえ」
「あのさ……」
僕はグレンを見る。
「僕も、剣を作ってみたい」




