【第三章 鉄を打つ者】 五十五話 『弾の出ない銃』
次の町へ向かって、僕たちは街道を歩いていた。
空はよく晴れていた。風も穏やかで、道の両脇には低い草が広がっている。特に急ぐ理由もない。だから、僕たちはゆっくり歩いていた。
前を歩くアルフィーは、いつものように無言だった。その少し後ろを、僕とフィオナが並んで歩いている。
「次の町って、どんなところなんだろう」
「さあな」
アルフィーが振り返りもせずに答えた。
「アルフィーは行ったことないの?」
「ない」
「そっか」
そんな話をしながら歩いていると、少し先に人がいるのが見えた。男が二人。何か言い争っている。
「だから、俺は何もしてないんだって!」
「そんなわけあるか! お前が先に――」
僕たちが近づいていくと、二人のうち片方がこっちに気づいた。
「おい!」
男が僕たちに声をかけてくる。
「そこのあんた! ちょっと助けてくれ!」
前を歩いていたアルフィーが、歩みを止めた。
「知らん」
即答だった。
「そ、そんなこと言わずに頼む!」
「休暇中だ。悪いが他を当たってくれ」
「お願いだ!」
「……」
アルフィーが眉間を押さえた。
「……ああ、もう。ごたごたうるせえな」
そう言って、腰の銃に手を伸ばす。その瞬間だった。男たちの動きが止まった。さっきまで怒鳴っていた男が、顔を強張らせる。
アルフィーが銃を抜く。そのまま銃口を男に向けた。男の一人が、一歩後ずさった。
「……ちっ」
そして、そのまま走っていった。
「……あ、あの!」
残された男が慌てて頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「……別に」
アルフィーは銃をしまった。男はちらりと、アルフィーの腰にある銃を見る。
「……あの」
「なんだ」
「その銃、大丈夫ですか?」
「……?」
アルフィーが銃を見る。
「さっき、引き金を引いたんだがな。……弾が出なかった」
「え?」
僕も銃を見る。
「壊れたの?」
「分からん」
アルフィーは銃を手に取って、しばらく眺めている。
男は少し黙ってから言った。
「それなら、ちょうどいいところを知ってますよ」
「どこだ?」
「この先の町です。武器の修理をやってる工房があります」
「工房?」
「ええ。グレンっていう職人の工房です。多分銃も見てもらえると思います」
アルフィーが少し考える。
「場所は分かるか?」
「はい。町の入口までなら案内できます。そこからはすぐ近くなので、分かると思います」
「頼む」
「じゃあ行きましょう」
男が歩き始める。僕たちも、その後をついていった。
歩いていると、男がアルフィーの腰にある銃をちらちら見ていることに気づいた。
「……あの」
「なんだ」
「お兄さんって、銃を使うんですよね?」
「ああ」
「じゃあ、もしかして……傭兵、ですか?」
「そうだ」
「やっぱり!」
男が少し嬉しそうな顔をした。
「すごいなあ。俺、傭兵ってちょっと憧れてるんですよ」
「そうか」
「はい。魔物とか倒したり、護衛したりするんですよね?」
「仕事による」
「へぇ、やっぱりかっこいいですよね」
アルフィーは少しだけ振り返った。
「お前もなりたいのか?」
「いつかは。でも、まだ全然届かないですけどね」
男は笑った。
「今は職人の見習いしてます。でも、いつかは傭兵になってみたいんです」
「そうか」
アルフィーはそれだけ言って、また前を向いた。男は少し照れたように笑っている。僕は二人の会話を聞きながら歩いていた。
「じゃあ――お姉さんは?」
男がフィオナを見る。
「お姉さん、すごく可愛いから『天使』とか? あ、でも黒い服だから『魔法使い』のほうか!」
「……」
フィオナは黙ったまま、そっとフードを少し深くかぶり直した。
「旅人だよ」
僕が先に答えた。
「え?」
「僕の称号」
別に自慢できるような強い称号でもない。ただ、フィオナが答えづらそうだったから、僕が代わりに答えただけだった。
「旅人かぁ」
男が少し考える。
「楽しそうですね」
「うん。最近なったばっかりだけど」
「そうなんですか?」
「うん」
フィオナを見ると、さっきより肩の力が抜けているような気がした。僕も、それを見て安心した。
「まだ、何をするのかもよく分かってないんだ」
「でも、旅をするんですよね?」
「まぁ、そうかな」
「じゃあ、いろんな町に行けるんだ」
「……うん」
「いいなあ」
そう言われると、少し嬉しかった。
しばらくして、遠くに町の外壁が見えてきた。
「もうすぐです」
男が指を差す。
「あの門を入れば町です」
僕は町を見る。門の向こうから、何かを叩くような音が聞こえてきた。カン、カンと、一定の間隔で、鉄を打つような音が響いている。
「……なんの音だろう」
男が笑った。
「この町は鍛冶で有名なんですよ」
「鍛冶?」
「ええ。武器を作る工房がたくさんあります。さっき話したグレンの工房も、その中です」
「……武器」
僕は町を見つめた。なんだか、少しだけ胸が騒いだ。
「じゃあ、俺はこの辺で失礼します」
「助かった」
アルフィーが言った。
「いえ、こちらこそ。本当にありがとうございました!」
男は深く頭を下げた。
「お兄さんの銃、直るといいですね」
「ああ」
「それじゃあ」
男は来た道を戻っていった。僕たちは、その背中を見送った。




