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五十四話 『その絵に価値がつく日』

 僕たちは、そろそろ行くことにした。絵を大事に抱えていると、少年が僕の前に立った。


「あの!」


「ん?」


 少年は少しだけ俯いて、それから顔を上げた。


「僕、絶対に画家になります!」


「……うん」


「画家になって……いつか、有名になります」


 少年の声は、さっきまでとは違っていた。少し震えている。でも、ちゃんと前を向いていた。


「それで……」


 少年は、僕が買った絵を見る。


「その絵にも、ちゃんと価値がつくようにします」


「……」


「あなたが買ってくれた絵だから」


 少年は拳を握った。


「いつかこれを見た人が、すごい絵だって言うくらいの画家になります」


 僕は、少しだけ驚いた。でも――。


「……頑張って」


 そう言って、僕は笑った。


「はい!」


 少年も笑った。さっきまでの弱々しい笑顔じゃない。少しだけ、自信のある顔だった。


「あ、そうだ」


 ふと、僕は思い出した。


「君の名前、聞いてなかった」


「あ……」


 少年は少し照れたように頭を掻いた。


「僕、リオって言います」


「リオ……」


「はい」


「僕はゼロ」


「……ゼロ、さん」


「うん」


 リオは、僕の名前を小さく呟いた。


「ゼロさん……ありがとうございます!」


「こちらこそ」


 僕は絵を抱え直した。


「この絵、大事にするよ」


「……はい!」


 僕たちは手を振った。


 歩き出してから、僕は一度だけ振り返った。リオはまだそこにいた。僕たちを見送っている。そして――。


 その手には、もう一度絵筆が握られていた。


 しばらくして、街の出口まで来た。後ろを振り返る。さっきまでいた街が、少しずつ遠くなっていく。


 僕は腕の中の絵を見る。落とさないように、しっかり抱えていた。


「……そんなに気に入ったのか」


 アルフィーが言った。


「うん」


 僕は答える。それだけだった。でも、なんとなく嬉しい。フィオナが横から絵を見る。


「……私も」


「えっ」


「……いいと思った。その絵」


「……そっか」


 僕はなんだか嬉しくて、自然と笑った。


 三人で歩き出す。街を離れると、周りはまた草原になった。風が吹いている。


 僕は歩きながら、何度か絵を見た。そのたびに、さっきの少年の顔が浮かんだ。


 最初は、僕たちが見ているだけで恥ずかしそうにしていた。絵を隠して。褒められても、信じられないような顔をしていた。それなのに。最後には、まっすぐ僕を見ていた。


『絶対に画家になります!』


 あんなふうに言えるのは、すごいと思う。自分がどうなりたいのか。ちゃんと、自分の言葉で言える。僕には、それができるだろうか。


「……」


 僕は前を見る。道は続いている。今は旅人として、この道を歩いている。それは嫌じゃない。むしろ、楽しい。知らない場所に行く。知らない人に会う。


 今日だって、リオに会った。きっと、これからもいろんな人に会うんだと思う。その中で、何か見つかるのかもしれない。そう思う。でも。まだ、分からない。


 僕はそっと息を吐いた。


「……僕は、何になりたいんだろう」


 答えは返ってこない。アルフィーも、フィオナも何も言わない。それでよかった。今は、答えが出なくてもいい。


 僕はそのまま、前を向いて歩く。旅は、まだ始まったばかりだ。

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