↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
51/77

【第2章 称号と夢】 51話 『肩書きだけの大商人』

 朝。窓から差し込む光で、僕は目を覚ました。


 昨日泊まった宿の部屋は、朝になると少し明るかった。外から、人の声が聞こえる。馬車の音もする。


 僕はベッドから起き上がって、軽く伸びをした。


「ふぁ〜……あ――」


 部屋の中には、アルフィーとフィオナもいた。


「おはよう」


「……おはよう」


 フィオナが小さく返す。アルフィーは、まだ少し眠そうだった。


「朝ごはん、食べに行く?」


「うん」


 僕たちは身支度を整えてから、宿の食堂へ向かった。朝食は、パンとスープ、それから少しの果物だった。僕はスープを一口飲む。


「……あ」


 どこか懐かしい味がした。


 この味……。前にジュールが作ってくれた、野草のスープ。ランタンスープに、少し似てる。あのときのことを思い出して、僕は少しだけ笑った。


 あれから、いろんなことがあった。こうして旅をしていることも、あの頃の僕なら想像できなかったと思う。もう一口、スープを飲む。


「美味しい」


 思わず、そう呟いた。特別な朝食じゃない。でも、温かいスープは美味しかった。


「今日、どこまで行く?」


 パンを食べながら僕が聞くと、アルフィーが地図を広げて指差した。


「地図だと、この先にいくつか街があるみたいだな」


「じゃあ、その辺りまで行ってみようか」


「ああ」


 僕たちのやり取りに、フィオナも小さく頷いた。


 朝食を食べ終えると、僕たちは宿を出た。


 外は、もう人が動き始めていた。昨日の町よりも、少しだけ人が多い。道を歩く人も多いし、店の数も多い。露店には野菜や果物が並んでいて、通りの端には荷物を積んだ馬車も止まっている。


「次の町まで、どれくらいだろう」


 僕がそう言うと、アルフィーが地図を見た。


「半日くらいだな」


「じゃあ、軽く食料を買っておいた方がいいね」


「そうだな」


 僕たちは市場へ向かった。その途中、僕は何度か店先に並んだ商品を眺めた。


 昨日までいた町とは違って、この町の市場はかなり大きかった。食べ物だけじゃない。服や道具、薬、旅に使うものまで、いろんな店が並んでいる。


「人、多いね」


 僕が言うと、アルフィーが周囲を見回した。


「この辺りは街道が通ってるからな。いろんな場所から商人が集まってくるんだろ」


「へぇ……」


 僕は並んでいる商品を眺めながら歩いた。見たことのない果物。変わった形の道具。色の違う布。どれも知らないものばかりで、見ているだけでも楽しい。


「ゼロ、食料買うんだろ」


「うん」


「だったら、あんまり寄り道するなよ」


「分かってるって」


 そう言いながらも、僕は何度か足を止めた。


 旅を始めてから、こういう市場を見るのが少し好きになった。町によって置いてあるものが違うし、同じような商品でも値段が違ったりする。


 しばらく歩いていると、少し大きな店の前に人だかりができていた。


「何だろう?」


 僕が近づくと、店の前に一人の男が立っていた。立派な服を着ている。胸元には、何かを示す小さな金属板がついていた。


「大商人……?」


 僕が読み上げると、男がこっちを振り向いた。


「おや、君。私の称号が分かるのかね?」


「うん。そこに書いてあるから」


「そうかそうか!」


 男は満足そうに笑った。


「なら話は早い。私はこの街でも有名な『大商人』だ。商売のことなら、私に任せておけば間違いない」


「そうなんだ」


 僕は素直に頷いた。すると男は、店先に並んでいる商品を指差した。


「ここの店主は、私にもっと安く商品を売るべきなんだ」


「どうして?」


「私は、大商人だからだ」


「……?」


 僕は少し考えた。


「大商人だから、安く買えるの?」


「当然だろう」


 男は胸を張った。


「私ほどの称号を持つ人間なら、店側もそれ相応の対応をするべきなのだ」


 店の主人は困ったような顔をしていた。


「ですが、こちらも仕入れがありますので……」


「そんなことは知らん!」


 男が声を荒らげる。


「私は大商人だぞ? 私に恥をかかせるつもりか?」


 周囲の人たちが少し離れる。僕は男の胸元にある称号をもう一度見た。――大商人。たしかに、すごそうな称号だ。でも――。


「……ねえ」


「なんだ?」


「大商人って、どんなことをするの?」


 僕が聞くと、男は少しだけ黙った。


「そ、それは……商売だ」


「じゃあ、何か買うの?」


「いや……」


「何か売るの?」


「……それも、今は必要ない」


「じゃあ、何するの?」


 男は眉をひそめた。


「そんなことはどうだっていい。称号を持っていることが重要なんだ」


「……」


 僕は黙った。アルフィーが隣で小さく息を吐く。


「ゼロ、行くぞ」


「うん」


 僕たちが離れようとすると、さっきの男の声が聞こえてきた。


「まったく。最近の若者は称号の価値も分からないのか」


 僕は振り返った。


 男はまだ胸を張っている。その胸元には、確かに『大商人』という文字が刻まれていた。でも、僕にはその人が大商人なのかどうか、よく分からなかった。


「……アルフィー」


「なんだ?」


「あの人、本当に大商人なのかな」


「称号があるんだから、そうなんじゃないか?」


「でも……」


 僕はさっきの男を見る。


「商売してなかったよ」


「……まあな」


 アルフィーは少し困ったように笑った。


「称号と本人が、いつも同じとは限らないってことだろ」


「……称号と本人が?」


「ああ」


 アルフィーはそれ以上何も言わなかった。僕も、それ以上は聞かなかった。


 市場を進んでいく。しばらくすると、今度は別の人が目に入った。人だかりの中心で、一人の男が剣を振っている。


「俺は、『剣闘士』だ!」


 周りから歓声が聞こえてくる。


「おお!」


「すげえ!」


「初めて見た」


「当然だ! この称号を持っている俺に勝てる奴なんて――」


 男はそう言いながら剣を振った。でも、少し振ったところで手を止める。


「……まあ、今日はこのくらいでいいだろう」


「え、もう終わり?」


 気づけば僕は、つい本音が声に漏れていた。


「俺が本気を出したら危ないからな」


 男はそう言った。でも、僕には少しだけ変に聞こえた。隣でアルフィーが苦笑する。


「まあ、ああいうのもいる」


「称号って、すごいものじゃないの?」


「すごいんじゃないか?」


「じゃあ、なんであの人は……」


 僕は言葉を止めた。胸に何かが引っ掛かる。


 称号を持っている人は、もっとすごい人なはずだ。少なくとも、僕はそう思っていた。王都にいた頃は、称号を持っている人と、持っていない人の間には大きな差があると思っていたから。


 でも、今目の前にいる人たちは、称号を持っていることを自慢しているだけに見えた。


「……変なの」


「何が?」


「ううん」


 僕は首を横に振った。


「なんでもない」


 僕たちはそのまま市場を抜けた。必要な食料を買い、袋に詰める。パンをいくつか。干し肉。それから果物も少し。僕は買った袋を持ち上げる。


「これくらいあれば大丈夫かな?」


「次の町まで半日なら十分だろ」


「そうだね」


 僕たちは歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。