五話 『虚人お断りの特等席』
建物の入り口は大きく開かれていた。中から料理の匂いと人の声が一気に流れ出してくる。
入り口に、【虚人単独入店不可】の等級章。
思わず足が止まる。エドは気にせず中へ入っていく。僕は焦りながら、エドを追いかけるように巨大な建物へ足を踏み入れた。
「――っ」
何だここは。暑い。暑すぎる。料理の湯気。煙。人の熱気。全てが熱い。
「こんなに、あるんだ……」
建物の中には店がずらっと並んでいた。肉を焼いている店。麺料理の店。大きな鍋で何かを煮込んでいる店。どこも客で賑わっている。
「ゼロ、空いてる席探しとけ」
エドはそう言うと、僕を置いて急ぎばやに歩いていく。
しかたなく、僕はたまたま空いていた近くの席に腰を下ろした。待っている間、することもなくてとりあえず周囲を眺めてみる。
客たちはみんな、店先のブラックボードを見て注文していた。
『香草焼き肉 55クレスト 中級称号第三階位以上』
『黄金鶏の丸焼き 78クレスト 上級称号第五階位以上』
『騎士団専用定食 36クレスト 騎士団所属者限定』
そんな文字が並んでいる。
「……ん?」
料理名の後ろに書いてあるクレスト。多分値段のことだ。その後ろに書いてあるのは、なんだ。もしかして、これも等級章なのか?
そんなことを考えているうちに、エドが戻ってきた。両手に盆を二つ持っている。
「待たせたな」
机に料理を置く。煮込み料理と黒パン。それが、エドの頼んだ料理だった。
「……」
想像していたのとは少し違った。
もう一度周囲を見る。大きな肉の塊。豪華な酒や料理が並ぶ席。それに比べると、目の前の料理はずいぶん質素だ。
「どうした?」
エドが僕を見る。
「いや、なんか……」
さっき見たメニュー表を思い出す。丸焼きとか、豪華な肉料理とか。色々あった。でも、ご馳走になる分際でそんな図々しいことは口が裂けても言えない。
「ああ」
エドは椅子に腰を下ろしながら言った。
「あっちの方が美味そうだなって?」
「うん。あっ、いや……」
「まあ、ああいうのは俺らじゃ頼めねぇな」
見抜かれてた。嘘だろ……。エスパーかよ。エドは周りと比べて悔しがる様子もない。
「味は変わんねぇよ。たぶん。あっちの方が肉が十倍くらい分厚くてジューシーなだけだ」
「……それ、めちゃくちゃ味違うんじゃ……」
エドは笑いながらスプーンを手に取り、何でもない顔で質素なスープをすくった。
周囲を見れば、人によって全然食べているものが違う。豪華な料理を並べてる人もいれば、僕たちと似たようなものを食べてる人もいる。けど、誰もそれを不思議には思ってなさそうだ。まるでそれが当たり前かのように。
数秒の沈黙の後、ふと気になっていたことを思い出した。
「あのさ」
「ん?」
「その……エドは、なんで僕を助けてくれたの?」
エドは一瞬、驚いたような顔をして、それからスプーンを持つ手を止めた。
「んー」
ポリポリと頭を掻く。
「なんつーかさ」
少し考えるような眼差しで店の奥を見つめる。
「お前見てると、昔の自分思い出しちまって」
「昔の……?」
エドは苦笑した。
「俺も虚人だったんだよ」
僕はパンを口に運びかけて、思わず手が止まる。
「……え?」
エドはスープを最後の一口まで飲み干すと、空になった器を置いて、少しだけ真面目な顔で僕を見た。
「まあ、色々あってな。あそこから這い上がるのがどれだけキツいか知ってるからさ……だからまあ、放っとけなかったんだよ」
そう言って頭を掻くエドの顔は、少しだけ笑っていた。
「……エドも、虚人だったの?」
「ああ」
あっさり頷く。
「まあ、今は違うけどな」
そう言って空になった器を軽く持ち上げる。――今は違う。その言葉が気になった。でも、それ以上は聞かなかった。聞けなかった。
そもそも、何を聞けばいいのか分からない。虚人が何なのかさえ、僕はまだちゃんと理解していない。エドも詳しく話すつもりはないみたいだ。
「てか、お前。まだ全然食ってねぇじゃねーか」
「え、あ……」
「早く食わねーと、俺が食っちまうぞ」
「っ、だめだよ!」
それ以上その話題には触れず、残っていたパンを口へ運ぶ。
しばらく、食器の触れ合う音だけが続いた。周囲は相変わらず賑やかだった。客の笑い声。料理を運ぶ店員の声。遠くで椅子を引く音。いろんな音が混ざり合っている。
少し離れた席では、立派な服を着た男たちが食事をしていた。机の上には僕たちよりずっと豪華な料理が並んでいる。
だけど、不思議と羨ましいとは思わなかった。ただ、違うんだなと思った。それだけだった。




