四話 『記号で品定めされる世界』
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
「――うわ……」
思わず声が漏れる。
人が多い。とにかく多い。広い石畳の通りが埋め尽くされている。荷車を押す男。露店で客と値段交渉をしている女。走り回る子供たち。門の外とはまるで別世界だ。
耳に入ってくる音も多い。笑い声。呼び込みの声。金属を叩く音。どこかで楽器も鳴っている。思わず辺りを見回す。
「そんなに珍しいか?」
前を歩いていた男が振り返る。
「いや……その……」
言葉に詰まる。珍しいなんてもんじゃない。何もかもが初めてだ。視線を巡らせる。
全身を銀色の鎧で固めた騎士が歩いている。背中には身の丈ほどもある大剣。その隣を、長い杖を持った女性が通り過ぎていく。さらに向こうには、尖った耳の女も見えた。人間じゃない。それくらいは僕にも分かる。
「すご……」
思わず喉奥から声が出る。豪華な服を着た一団が通り過ぎていく。中央には冠を被った男。その周囲を護衛らしき人たちが囲んでいた。
「みんな、称号持ちなのか」
僕の言葉に男が肩をすくめる。
「まあな。ここはそういう国だし」
当たり前だろ、と言わんばかりだった。
改めて周囲を見る。騎士。魔導師。職人。商人。兵士。みんな、堂々としてて、自分が何者なのかわかってるみたいだ。
……僕だけが違う。そんな疎外感。男が歩きながら振り返った。
「そういや、名前聞いてなかったな」
「あ……」
そういえばそうだ。
「僕は、ゼロ」
「ゼロ、ね」
男は頷く。
「俺はエドガー」
そう言って軽く手を上げる。
「エドって呼んでくれ」
「うん……」
少し緊張して声がかすれた。
エドは気にせずそのまま歩き出す。僕も慌てて後を追う。進めば進むほど、どんどん人通りが増えていく。
通りの両側には店が並んでいる。武器を並べた店。鎧を飾った店。見たこともない道具を売っている露店。どこも人で賑わっている。
「すごいな……」
「まあ、王都だからな」
エドは特に気にした様子もない。
そのまま進んでいると、ふと一軒の店の前で足が止まった。入り口の横に掛かった木の札が目に留まる。
【中級称号以上入店可】
「……?」
漢字は読める。でも意味が分からない。少し進むと、次の店にも似たような札があった。
【魔導系称号保持者優先】
さらに別の店。
【王国認定職限定】
「なんだこれ……」
思わず声に出す。店によって書いてあることが微妙に違う。
「気になるか?」
エドが僕の視線に気づいたのか、こっちを見て言った。
「うん。店ごとに違うんだなって」
「あー、等級章のことか」
エドは軽く笑う。
「……等級章?」
「あぁ、あの札のことだ」
そう言って近くの札を指さす。
「まあ色々あるんだよ」
「色々?」
「強いやつ向けの店とか、特定の職向けの店とか」
そう言いながら、今度は近くの建物を指差す。
「あそこなんか鍛冶師関係しかほとんど来ねえし」
さらに反対側を見る。
「あっちは騎士向け」
言われて見てみると、確かに鎧姿の人間ばかり出入りしていた。
「へぇ……」
「称号で客を選ぶ店なんて珍しくもない」
当たり前みたいな口調。
僕はもう一度周囲を見てみる。店にはそれぞれ、等級章が掲げられていた。店ごとに違う。つまり、持ってる称号によって入れる場所も変わるということか。
称号で判断される。そういう世界なんだ。そう思った時。ふと、ある店の入り口に貼られた等級章が目に入った。
【虚人入店禁止】
胸がざわつく。あの、門での出来事が蘇る。視線を逸らす。だけど、少し先の店にも。
【虚人お断り】
似たような言葉が並んでいた。
「……」
門の前で向けられた視線。虚人が差別されるのは、あそこだけじゃなかったらしい。
「あー……」
エドも等級章に気づいたみたいで、頭をかきながら少し気まずそうな声を出した。
僕は何も言わず、ただ等級章を見つめていた。 ――虚人。まるで、『お前はここに存在する価値すらない不良品だ』と、世界から弾かれている気がして、消えたくなった。胸の奥に、冷たい刃が突き刺さる。
「基本、虚人を歓迎する店はないんだ」
エドが言った。
「むしろ入れる店の方が少ない」
「そうなんだ……」
「そもそも身元保証がないからな」
エドは肩をすくめる。
「店側からしたら面倒事は避けたいんだよ」
淡々とした口調。慰めとか、誤魔化すとかじゃなくて、ただ事実を言っているみたいで、それが少し心を軽くした。
もう一度周囲を見る。
賑やかな街。人も多い。店も、その種類も。だけど、その全部が自分を受け入れてくれるわけじゃない。門を越えたから終わりじゃない。むしろ――ここからなんだ。そんな気がした。
歩きながら周囲を眺めていると、不意に足が重くなる。
「……」
なんだろう。力が入らない。このまま道の真ん中で倒れ込んでしまいたいくらいだ。
そこでようやく気づいた。腹が減っている。そういえば、ずっと何も食べていない気がする。前に食べたのはいつだったっけ。記憶がないからわかるわけがない。
気づけば視線が食べ物を売っている店ばかり追っていた。焼いた肉の匂い。香辛料の匂い。甘い匂い。どれもやけに鼻につく。
「……」
唾を飲み込むと、エドが察したように言った。
「腹減ってるのか?」
「……うん」
隠す理由もない。正直、かなり減っている。エドはそんな僕を見て小さく笑った。
「じゃあ、食うか」
「え?」
「ちょうどいい場所がある」
そう言って顎をしゃくる。どうやらそれがエドの癖みたいだ。
視線の先には、大きな建物があった。他の店とは違う。何十人も人が出入りしていて、中からは絶えず話し声が漏れている。
「行くぞ」
先に歩き出すエド。その後を慌てて追った。




