↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
47/55

【第一章 旅人として】 四十七話 『「旅人」という免罪符』

 馬車に揺られながら、どれくらい進んだだろう。朝の草原を抜けて、しばらくすると景色が変わってきた。


 道の両側に建物が増えていく。王都みたいに高い建物はない。ほとんどが木と石でできた低い家で、道も少しでこぼこしている。


「……町?」


 僕が前を見ると、少し先に門が見えた。


「そうだろ」


 アルフィーが答える。


「小さい町だな」


「うん」


 王都とは全然違う。大きな市場もない。人の数も少ない。


 でも、ちゃんと人がいる。荷物を抱えて歩いている人。店の前に商品を並べている人。馬の世話をしている人。それぞれが、自分の生活をしていた。


「……なんか、いいな」


「何がだ」


「こういう町」


 アルフィーは何も言わなかった。馬車が門の前まで来る。


「止まれ」


 門番の声がした。馬車が止まる。


 僕は少しだけ背筋を伸ばした。昔なら、ここで何を聞かれるのか分からなかった。いや。分かっていたとしても、どうしようもなかった。僕には称号がなかったから。


「どこから来た?」


「王都からです」


「目的は?」


「……」


 少し考える。王都から来た理由。仕事でもない。買い物でもない。僕はアルフィーとフィオナを見る。それから、自分の胸元に手を当てた。


「……旅です」


 門番が僕を見る。なぜか一瞬だけ、怪訝な顔をしたように見えた。まだ、虚人に見えてるんだろうか。


「一応、旅人なんで」


 その瞬間だった。僕の足元に、光が広がった。地面に薄い線が走り、それが円を描いていく。緑色の光。円の内側で、淡い光がゆっくりと揺れていた。


 僕は黙って、それを見下ろす。知っている。この光が何なのか。称号を確認するための光だ。僕が言ったことが、本当なのかを確かめている。やがて光が一度だけ強くなった。


「……」


 緑色。確認された。


「分かった。通っていいぞ」


「……え?」


 思わず聞き返してしまった。


「通っていい」


「……あ、はい」


 門番はもう次の馬車を見ている。僕はしばらく動けなかった。通っていい。それだけだった。拒まれなかった。


 昔なら、称号がないと言っただけで、周りの人たちの目が変わった。虚人。そう呼ばれていた。門を通ることさえできなかった。


 でも今は。僕は自分で言った。僕は旅人だ、と。そして、その言葉が認められた。


「……通れた」


 小さく呟く。


「当たり前だろ」


 アルフィーが言った。


「そうなんだけどさ」


 僕は苦笑した。


 馬車が門を抜けて、町の中へ入っていく。フィオナが窓の外を見ていた。


 僕も同じように外を見る。知らない町。知らない人。知らない道。王都にいた時は、こんな景色を想像したこともなかった。


 これから、どこへ行くんだろう。何を見るんだろう。どんな人に会うんだろう。どんな称号を持っている人がいるんだろう。


 胸元に手を当てる。そこには、僕が手に入れた『旅人』の称号紋《エンブレム》がある。前にこの称号を見た時とは、少しだけ違う気がした。


 あの時は、ただ必死だった。この称号が欲しかった。これがなければ、先へ進めないと思っていた。でも今は違う。僕は自分から旅をしている。


「……」


 馬車が町の中を進んでいく。道の向こうに、まだ知らない場所が続いている。僕は窓の外を見ながら、少しだけ笑った。


「これが旅なんだ」


 そう思いながら、馬車を降りた。僕たちは宿を探すため、町の中を歩き始めた。


「……人、多いな」


「王都よりは少ないだろ」


「そうだけど」


 アルフィーの言う通りだった。


 王都ほど人はいない。それでも、道を歩けば誰かとすれ違う。荷物を抱えた商人。買い物帰りらしい女の人。店の前で木箱を運んでいる男。みんな忙しそうにしている。僕はそんな人たちを眺めながら歩いていた。


「おや、旅人さんかい?」


 突然、声をかけられた。


「え?」


 振り返ると、店先にいた男がこっちを見ていた。


「この辺じゃ見ない顔だから。王都から来たのか?」


 少しだけ考えてから、答える。


「はい、王都から。今こっちに着いたばかりで」


「へえ。今日は泊まるのか?」


「そのつもりです。あの、どこか安くていい宿ってありますか?」


「それなら、川を渡った先にある宿がいい。飯も悪くない」


「へぇ……ご飯まで出るのか」


 僕が言うと、男は笑った。


「北へ行くなら、明日の朝は早く出たほうがいいぞ。最近は夕方になると街道が混む」


「北に行くと、何かあるんですか?」


「その先に大きな町がある。商人が増えるからな」


「なるほど……」


 僕は頷いた。


「ありがとうございます。覚えておきます」


「おう。気をつけてな、旅人さん」


「はい!」


 そのまま歩き出す。


「……」


 なんだろう。少し、不思議だった。


「どうした」


 アルフィーが横から聞いてくる。


「いや……」


 僕はさっきの男を振り返った。


「普通に話せたなって」


 昔だったら、知らない人に声をかけられるだけで緊張していた。何を言えばいいのか分からなかった。


 でも、今は違う。旅をしていると、知らない人に話を聞くことが増えた。道のこと。町のこと。食べ物のこと。次の町まで何日かかるのか。どこに水場があるのか。どの道が安全なのか。


 最初は聞くのも苦手だった。でも、何度も聞いているうちに、少しずつ慣れてきた。


「……次の町まで、三日くらいだったよね」


「昨日聞いた話なら、そうだ」


「うん。たしか、途中に川があるから、そこで水を補給できるって」


「覚えてるのか」


「それくらいは」


 アルフィーが少しだけこっちを見る。


「へえ」


「何だよ」


「いや」


 それ以上は言わなかった。


 少し歩くと、今度は道端で荷物を整理している老人がいた。


「そっちの道はやめたほうがいいぞ」


「え?」


 老人が指差した。


「昨日、雨が降っただろ。西側の道はぬかるんでる。それに……」


「それに?」


「最近、あの西の森のあたりは、妙な足跡が見つかっててな。旅人が一人行方不明になったって噂だ。まあ、なんにしても近寄らんこっちゃ」


 老人はそう言って、体を震わせた。足跡。行方不明。気になることはたくさんあったけど、それ以上は聞かなかった。


「じゃあ、こっちですか?」


「ああ。遠回りになるがな」


「分かりました。ありがとうございます」


 僕は地図を取り出した。西の道を見て、それから老人が教えてくれた道を見る。


「……本当に少し遠い」


「だから言っただろ」


 老人が笑う。


「お前さん、旅人だろ?」


「え、なんで……」


「わしくらいになると、そういうのはなんとなく分かるもんさ」


 老人はそう言って、くるりと杖を回した。


「旅人は道を聞くからな。そういう顔をしてる」


「……そういう顔、か」


 僕はその言葉を聞いて、少し考えた。


 旅人。剣士みたいに強いわけじゃない。王都の偉い人みたいに、何か大きな権力があるわけでもない。


 それなのに。知らない町に来ても、こうして話しかけてもらえる。知らない人から、知らない場所の話を聞ける。そして、その話を持って次の場所へ行くことができる。


「……旅人って、不思議な称号だな」


「何がだ」


「強いわけでもないのに、いろんなところに行ける」


 アルフィーは少し考えてから言った。


「だから旅人なんだろ」


「……そうかも」


 僕は笑った。まだ知らない場所がある。まだ会ったことのない人がいる。まだ知らない道も、知らない称号もある。それを知るために、僕はここにいる。


 胸元に手を当てる。そこにある『旅人』という称号が、今までより少しだけ身近に感じた。


「……旅人になってよかったな」


 口に出してから、自分でも少し驚いた。でも。その言葉は、不思議なくらい自然に出てきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。