↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
42/56

四十二話 『交差した一撃のあとに』

 杖と拳が、ぶつかり合う。鈍い衝撃が腕を突き抜けた。


「……っ!」


 押し返される。それでも、もう逃げなかった。


 砂を蹴る。瓦礫を踏む。落ちていた木片を足場にして跳ぶ。使えるものは全部使う。何者でもない僕だから。


「はぁっ!」


 拳を振る。ジュールは半歩だけ身を引く。避けきれない。頬をかすめた。初めてだった。ジュールの体が、わずかによろめく。


「……」


 客席が静まり返る。誰も声を上げない。目の前で起きたことが、信じられないようだった。


 ジュールはゆっくりと頬へ触れる。指先についた赤い血を見て、小さく笑った。


「思ったとおりだ。君は、普通じゃない」


 その声は、どこか嬉しそうだった。


「僕はただの虚人です。……でも――」


 真っ直ぐジュールの目を見る。


「だからって、負けるわけにはいかない!」


 叫び返す。立ち止まれば終わる。考えるより先に体が動いていた。石を投げる。ジュールが杖で弾く。その隙に飛び込む。拳。肘。肩。型なんてない。ただ届く場所を殴る。


 ジュールも応じる。杖が唸る。地図が広がる。ロープが跳ねる。踏み抜いた石畳が崩れる。何度も転び、何度も立ち上がった。


 息が切れる。視界が揺れる。腕はもう上がらない。それでも。


「うおおおおおっ!!」


 最後の一歩を踏み込んだ。ジュールも同じだった。


「……っ!」


 二人の体が、ほとんど同時に前へ出る。拳と杖。互いの一撃が交差した。――ドォンッ、と重い音が闘技場に響く。


 しばらく誰も動かなかった。砂煙だけが、ゆっくりと流れていく。


「……どっちだ」


 誰かが呟く。僕は息を荒くしながら立っていた。膝が震える。今にも倒れそうだった。目の前の砂煙が、少しずつ晴れていく。そこには。


「……あ」


 ジュールがいた。杖を地面へ突き立てたまま。静かに。片膝をついていた。会場が息を呑む。


「ジュールが……」


「膝を……」


 誰も、その続きを言えない。ジュールは苦しそうに息を吐き、それでも穏やかに笑っていた。


 ジュールの口がかすかに動く。


「やっぱり……君は、すごいな」


 そう言って小さく息をついた、その時だった。ジュールの胸元が、淡く光り始める。緑色の光。最初は小さな光だったのに、鼓動に合わせるように少しずつ強くなっていく。


 やがて光は形を変えた。一本の道。枝分かれする道。何本もの道が交わり、繋がり、一つの形になる。


「……『旅人』の称号紋」


 思わず呟いた。間違いない。さっき、水汲みの男が奪っていたものと似ている。


 でも、目の前に浮かぶ称号紋は、比べものにならないくらい眩しかった。見ているだけなのに。胸の奥が、熱くなる。


 僕は動けなかった。目の前には、『旅人』の称号紋が浮かんでいる。淡い緑色の光。静かに脈打つその称号紋は、ただ見ているだけなのに胸が苦しくなった。


「……僕が」


 喉が震える。


「これを……」


 奪う。その言葉だけが、どうしても口にできなかった。ジュールは膝をついたまま、小さく笑う。


「さぁ」


 優しい声だった。


「獲るんだ」


「……っ」


 首を振る。


「でも……」


 そんなこと、できるわけがない。これはジュールのものだ。旅人として歩いてきた証だ。僕なんかが触れていいものじゃない。


「大丈夫」


 ジュールは、少しだけ息を切らしながら笑った。


「君なら、できる」


 その言葉に背中を押されるように、僕はゆっくりと手を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。