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三十九話 『辻繋ぎの旅人』

「……あれが、称号バトル」


 思わず漏れた声に、ジュールが横へ並ぶ。


「怖くなった?」


 穏やかな声だった。僕は少しだけ黙る。


「……少しだけ」


 嘘はつけなかった。でも、それよりも一つ気になることがあった。


「……あの」


「うん?」


「僕、もう虚人ですよね」


「そうだね」


「だったら……僕が負けても、奪われるものってないんですか?」


 ジュールは少しだけ考えてから頷いた。


「少なくとも、奪われる称号はないね」


 やっぱり。じゃあ。


「それなら……ジュールさんは、僕と戦っても意味がないんじゃ……」


 僕の言葉に、ジュールは小さく笑った。


「そんなことはないよ。勝てば、少しだけ称号は育つ。虚人相手じゃ、本当に少しだけだけどね」


 それだけ言うと、少しだけ目を細める。


「でも。ぼくが君と戦う理由は、それじゃない」


「えっ?」


「君と、一度本気で戦ってみたかった」


 その笑顔は、どこまでも穏やかだった。僕は返事ができない。その時だった。


「……お、おい!」


 誰かが大きな声を上げる。


「あれ!」


「まさか!」


「帰ってきたぞ!」


 ざわめきが一気に膨らんでいく。司会の男が、目を輝かせながら身を乗り出した。


「おおおおおおおおっ!!」


 腹の底まで響く大声が、会場を揺らす。


「何年も世界を歩き回り、生きて帰ってきた化け物!! 酒場でも、砂漠でも、雪山でも! どこへ行っても話題になる男!」


 司会の男は勢いよく手を挙げる。


「その名も、辻繋ぎの『旅人』、ジュールゥゥゥっ!!」


 その瞬間だった。地鳴りのような歓声が爆発する。


「ジュールーーっ!!」


「旅人ーーっ!!」


「待ってたぞーー!!」


 壁の上にいた人まで立ち上がる。酒を飲んでいた男も。賭け札を握っていた女も。みんなが一斉に手を振っていた。僕は思わず息をのむ。


「……え」


 こんなに。こんなにも。街中の人が、ジュールを知っている。


「おーい、ジュール!」


 聞き覚えのある声だった。市場で野菜を売っていた商人が、大きく腕を振っている。


「今度はいつ野草のスープ作ってくれるんだ!」


 反対側では、城門で見かけた門番が笑っていた。


「今日は負けるなよ、旅人!」


「酒は勝ってからだぞ!」


 あちこちから声が飛ぶ。そのどれにも、ジュールは笑顔で手を振り返していた。誰に対しても。分け隔てなく。まるで、みんなが昔からの知り合いだとでもいうように。


 その姿を見て、僕は小さく息を呑む。


 ――こんなに……みんなから愛されてるんだ。旅人だからじゃない。きっと。旅を続ける中で、一人ずつ出会って、一人ずつ助けて。そうやって積み重ねてきた時間が、この歓声になっている。


 僕は、そんな人と戦おうとしているんだ。


「さあ、続いてはぁ――!!」


 司会の男が腕を大きく振り上げる。


「旅人ジュールに挑む、命知らずの挑戦者!!」


 歓声がさらに大きくなる。司会がジュールに「相手は?」と聞く。ジュールが「彼だよ」と、僕の情報を伝えた。


 一拍置いて、司会が名を叫ぶ。


「……虚人、ゼロォ!!」


 その瞬間だった。さっきまで揺れていた歓声が、ぴたりと止まる。静寂。


「……は?」


 誰かが小さく呟く。


「虚人?」


「なんかの間違いだろ」


「なんで虚人が出てくるんだよ」


 ざわめきが広がる。やがて、そのざわめきは笑いへ変わった。


「勝てるわけねぇじゃん」


「ジュールが可哀想だろ」


「時間の無駄だ!」


 あちこちから野次が飛ぶ。笑い声が重なる。さっきまでジュールへ向けられていた歓声とは、まるで違う。


「ここは虚人の来る場所じゃねぇ」


「そうだそうだ!」


「かーえーれっ! かーえーれっ!」


 その言葉に、足が止まった。前へ出なきゃいけない。分かってるのに、体が動かない。


 客席を見上げると、アルフィーとフィオナがいた。二人だけが立ち上がらず、静かに僕を見ている。


 フィオナは何も言わず、ただ小さく頷いた。アルフィーは腕を組んだまま、ただ真っ直ぐに僕を睨みつけている。


『目的がねぇなら、振り回される』


 あの小屋で言われた低い声が、頭の中で鋭く響いた。


 野次は止まらない。笑われてもいい。どうせ最初から、何も持っていない。自分で選んだ道だ。

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