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三十六話 『奪わなければ叶わない夢』

 翌日も、僕たちはジュールと一緒に街を歩いた。市場を見て回り、本屋へ寄り、露店で見たことのない果物を教えてもらう。


 ジュールはどこへ行っても自然に誰かと言葉を交わし、笑い合っていた。その姿を見ながら、僕は何度も思った。


 ――いいな。自由に歩いて、自由に笑って、自由に自分の行きたい場所へ向かっていく。


 気づけば、胸の中では答えが決まっていた。――この人みたいになりたい。初めてだった。未来を想像したのは。何になりたいのか。何を目指したいのか。その答えが、自分の中に生まれた。


 街の外れまで来たところで、ジュールが足を止めた。


「さてと」


 背負っていた荷物を軽く持ち直す。


「ぼくはちょっと寄るところがあるから、ここでお別れかな」


「もう行っちゃうんですか?」


「うん。またどこかで会えるよ」


 ジュールは笑う。


「旅って、そういうものだから」


 そう言って手を振ると、そのまま街道の向こうへ歩いていく。


「またね」


「……はい!」


 僕も大きく手を振り返した。やがて、その背中は人混みの向こうへ消えていった。


 僕はしばらく、その方向を見つめていた。あんなふうに笑える人に、いつかなれるだろうか。


 その日の夜。小屋へ戻ると、僕たち三人は静かに夕食を済ませた。ランプの灯りが、部屋をぼんやりと照らしている。しばらく誰も口を開かなかった。


 やがて、アルフィーが昨日と同じように腕を組んだまま言った。


「それで」


 低い声が静かな部屋に響く。


「ゼロ。お前は何になりたい」


 昨日なら、答えられなかった。でも今日は違う。僕は迷わなかった。


「旅人」


 自分でも驚くほど、その言葉はすんなり口から出た。アルフィーは黙って僕を見ている。フィオナも静かに顔を上げた。僕は続ける。


「僕はまだ、本当にやりたいことが分からない」


 一度、息を吸う。


「だから旅人になって探してみたいんだ。いろんな景色を見て、いろんな人に会って。その中で、自分が何をしたいのか見つけたい」


 部屋は静まり返っていた。ランプの火だけが、小さく揺れている。長い沈黙のあと。アルフィーは、小さく頷いた。


「……そうか」


 それだけだった。でも、その短い一言が、僕の夢を認めてくれたような気がした。静かな空気のまま、アルフィーが続ける。


「旅人の称号を持ってるのは誰だ」


「……ジュールさん、でしょ?」


「そうだ」


 アルフィーは短く頷く。


「この世界じゃ、欲しい称号は、持ち主から奪うしかねぇ」


 ――あ。思考が止まる。アルフィーの声が、静かに続く。


「つまり――ジュールと戦うことになる」


 胸の奥が、ドクンッと鳴った。昼間まで笑っていた、ジュールの顔が浮かぶ。


 アルフィーは僕から目を逸らさずに言う。


「夢ってのはな」


 一拍。


「誰かのものを奪わなきゃ、叶わない」


 部屋が静まり返る。ランプの火だけが、ゆらりと揺れた。


「それでも欲しいか」


 答えられなかった。旅人になりたい。その気持ちは、本物だった。


 だけど、その夢の先にいるのは、倒すべき敵なんかじゃない。世界の広さを教えてくれた人。自由という生き方を教えてくれた人。僕が初めて憧れた人だった。


 夢を見つけた、その日に。僕は、その夢が誰かの夢を奪わなきゃ叶わないことを知った。


 ――この世界は、思っていたよりずっと残酷だった。

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