【第五章 悪魔の正体】 二十七話 『朝日の中の逃走劇』
翌朝。目を覚ますと、アルフィーの姿はなかった。壁に立て掛けられていた銃もなくなっている。
「……もう行ったんだ」
小さく呟き、体を起こす。毛布を畳んで外へ出ると、朝の空気が頬を撫でた。
集落では、あちこちから人の話し声が聞こえてくる。井戸へ向かう人。荷車を引く人。今日も、いつもと変わらない朝だった。
僕も何か手伝えることがないかと辺りを見回した、その時だった。
「また悪魔が外へ出ていったぞ」
「朝から何しに行くんだ」
誰かの声が耳に入る。思わず声のした方を見る。
「――あ」
集落の外へ続く道を、少女が一人歩いていた。昨日見た笑顔はもうそこにはない。人を寄せ付けないような無表情で、朝日に照らされた道を歩いていく。
「どうせろくでもねぇことだろ」
「関わるなよ」
後ろから飛んでくる言葉にも、少女は一度も振り返らない。ただ、静かに歩いている。
「はぁ……」
気づけば、僕は小さく息を吐いていた。
「……」
少し迷う。でも、気づけば足が動いていた。何をしに行くのか。それだけが気になった。
僕は彼女に気づかれないよう、少し距離を空けて歩き始めた。
「どこに行くんだ……?」
少女は集落を離れると、そのまま王都へ続く街道を歩いていく。
「……街?」
僕は見つからないように少し距離を空け、その後ろをついていった。
向かった先は、王都と国境を結ぶ古い街道だった。人通りもほとんどない。ところどころ石畳は崩れ、古びた荷車が乱雑に置きっぱなしにされている。
少女は度々立ち止まっては、落ちている紙切れを拾ったり、誰かが置き去りにした荷物の中を覗き込んだりしていた。
「何してるんだろう……」
僕は木箱の陰から、その様子を見つめていた。少女は拾った紙を静かに戻すと、また歩き出す。
「……」
何度も同じことを繰り返している。まるで、何かを探しているみたいだった。しばらく見ていると、ふと彼女の唇が小さく動いた。
「……どこにいるの」
風に溶けるような、小さな声。
その時だった。街道の向こうから、ジャラジャラと金属が擦れ合う重い音が響いてきた。少女の肩が、ぴくりと震える。僕も反射的に顔を上げた。
街道の先――陽光を弾く銀色の甲冑。整然と足並みを揃えた騎士たちの集団が、こっちへ向かって歩いてきていた。
「……いたぞ!」
その先頭にいた男が少女の姿を見つけ、鋭く目を細めた。
「悪魔だ」
騎士たちが一斉に少女へ向き直る。
「そこまでだ!」
張り詰めた声が街道へ響く。
「抵抗するな、悪魔!」
「貴様の存在は、王国に対する明確な脅威だ!」
少女は動かない。逃げることも抵抗することもなく、その場に立ち尽くしている。
「……なんで逃げないんだ」
騎士たちはゆっくりと距離を詰めていく。一人、また一人。逃げ道を塞ぐように少女を囲む。
「今だ! 取り押さえろ!」
騎士たちが一斉に踏み込む。
「……っ」
少女の体がびくりと震えた。でも、それでも逃げようとしない。まるで、最初から諦めているみたいに。
「――っ!」
気づけば、僕は駆け出していた。少女の細い手を掴む。赤い瞳が大きく開く。
「行こう!」
「え……?」
「早く!」
細い手を、壊れそうなほど強く引く。僕たちは騎士たちへ背を向け、怒号を背中に浴びながら、そのまま一気に走り出した。




