二十六話 『夕陽と、溶けた世界』
――それから何日も、僕は集落の手伝いを続けた。
そして、少女を見かけるたびに、何度も声をかけ続けた。荷物運びの帰り道。井戸へ水を運ぶ途中。あるいは、集落の外れで偶然見かけた時。
「あのさ」
「……」
「偶然だね」
「……」
「今日は何するの?」
「……」
彼女はほとんど口を利かなかった。名前も教えてくれない。近付けば逃げることもある。それでも。僕はどうしても諦められなかった。
「ゼロくん、ありがとねー」
「いえ、また来ます!」
この日も荷物運びを終えた僕は、気付けばまた集落の外れへ足を向けていた。自分でも理由はよく分からない。ただ――。
『本当は、誰よりも傷ついて、一人で泣いてるかもしれねぇだろ』
あの、アルフィーの言葉がなんとなく気になって仕方なかった。
人気のない道を歩いていた、その時。
「……また来た」
どこからか声が聞こえた。少女の声だ。振り向くと、彼女は壊れかけた柵の上に座っていた。赤い瞳がこっちを見ている。
「うん、来た」
「やめてって言ったのに」
「……ごめん」
「なんで」
僕は少し考える。本当に理由が分からなかった。
「なんでだろ」
本当に分からなかった。でも少し前の僕なら、きっと話しかけていない。そんな気がした。少女は僕を疑うみたいに目を細めた。
「変」
「よく言われる」
「……やっぱり」
僕は少しだけ肩を落とす。
「……否定してくれないんだ」
「だって、事実だから」
容赦ない。そこがちょっと悪魔らしい。
しばらく沈黙が落ちる。風で白い髪が揺れる。少女はどこか遠くを見ている。まるで、自分一人の世界の中にいるみたいだ。
「一人が好きなの?」
僕が聞くと、少女の視線が少しだけ動く。
「別に」
「じゃあ、ほんとは一人でいたいわけじゃない?」
「……別に」
相変わらず素っ気ない。でも、前みたいにすぐ立ち去ろうとはしなかった。僕は少し迷ってから聞いた。
「ずっと、一人なの?」
そう聞いた瞬間、少女はほんの少しだけ目を伏せた。赤い瞳が揺れる。しばらくして、小さな声が返ってきた。
「……慣れただけ」
「え?」
「一人に慣れた。それだけ」
静かな声だった。それは、一人が好きだからというより、ただそれが当たり前になってしまったみたいな言い方だった。
その横顔はいつもと変わらないはずなのに、なぜだか少しだけ寂しそうに見えた。
「……すごいな」
「え?」
「そんなの、僕だったら耐えられない」
僕が言った、その時。夕陽が山の端に隠れ、残光が少女の横顔を真っ赤に染め上げた。
少女の口元が、ふっと緩んだ。まるで、凍りついていた世界がそこだけ溶けるような――恐ろしいくらい美しい笑みだった。
「……変な人」
そう言って、彼女は僕を見る。その瞬間、心臓がドクン、と跳ねた。気がつけば、彼女から目を逸らせなくなっていた。
それが初めて見る、悪魔と呼ばれた少女の――夕陽よりも鮮やかな、人間らしい素顔だった。




