二十三話 『普通のガキだ』
小屋へ戻った僕は、現実から逃げるように毛布にくるまった。
『お前さんは、まだ何にもなろうとしてない』
占い師の老婆に言われた言葉が、静かな小屋の中に響く。何もできない自分にため息をつき、ぼんやり過ごしているうちに、外はすっかり暗くなっていた。
その時、入り口の布がひらりとめくれた。
「今帰った」
聞き慣れた声。毛布にくるまっていた僕は顔を上げる。
「あ、おかえり」
アルフィーが中へ入ってくる。外套の裾が破れ、どす黒い液体が染み込んでいた。
――血だ。人のじゃない。異様に鼻を突く獣の匂いが小屋に広がる。
「仕事、どうだった……?」
思わず気圧されながら聞くと、アルフィーは感情の失せた目でボソリと言った。
「何体か、狂ったのを間引いてきた」
アルフィーはそう言って、壁際に銃を立て掛けた。見ると、魔物の返り血か何かでぬらぬらと光っている。
――怖い、と思った。だけど同時に、胸の奥がドクンと跳ねる。僕もあんな風に、いつか自分の力で……。
「傭兵って、いつも魔物を倒してるの?」
「依頼次第だな」
「依頼?」
「ああ」
アルフィーは水筒の蓋を開けた。
「魔物退治だったり、護衛だったり、悪党払いだったり。金を払う奴がいて、俺が受ける。それだけだ」
「なるほど」
「今日は近くの森に魔物が出たって話だった」
「それで倒してきたんだ」
「ああ」
まるで畑仕事でもしてきたかのような口調だ。
「ねぇ、アルフィー」
「なんだ」
「魔物も称号なの?」
「いや」
アルフィーは即答した。
「あいつらは称号なんか持ってない」
「じゃあ僕たち虚人と同じか」
「似てるようで違うな」
アルフィーは木箱の上に腰を下ろした。
「魔物は魔物だ。それ以外の何者でもない」
「ふーん……」
正直よく分からなかった。でもアルフィーがそう言う以上、この世界ではそれが常識なんだろう。
しばらく話していると、アルフィーがふとこっちを見た。
「ところで、お前は何してたんだ?」
「え?」
「一日中暇だっただろ」
「あー……」
何してた。集落を歩いていた。称号のことを考えていた。それから――。
「まあ、色々」
結局そう答えるしかなかった。
「そうか」
アルフィーはそれ以上聞かなかった。少しだけ助かる。朝から働いてきたアルフィーに、「何もしてない」なんて言いづらかった。言えるわけなかった。
「……あ」
そこでふと、あの少女のことを思い出す。白い髪。赤い瞳。そして僕を見るなり逃げていった背中。
「そういえばさ」
何となしに聞いてみる。
「悪魔って呼ばれてる女の子、知ってる?」
「ああ」
あっさり返事が返ってきた。アルフィーも知ってるんだ。
「あいつもこの近くに住んでる」
「それだけ?」
「他に何がある」
僕は首を傾げる。もっとこう。危険だとか。近付くなとか。そういう話が出てくると思っていた。
「アルフィーは、その子のことどう思うの?」
「別に」
「みんな悪魔だって言ってるけど」
「だから何だ」
「え?」
アルフィーは不思議そうな顔をした。
「飯は食う」
「えっ……」
「怪我もする」
「怪我……」
「雨の日は濡れる」
「……」
そこでアルフィーは小さく肩を竦めた。
「普通のガキだ」
何て返せばいいのかわからなかった。
周りの人たちはみんな彼女を避けていた。昨日、王都で見た時も。それに、今日だって。……悪魔だから。そう呼ばれているから。
でもアルフィーは違うらしい。普通のガキ。本気でそう思っている。
「普通、か」
小さく呟く。白い髪の少女の顔がまた頭に浮かんだ。僕を見て、逃げていったあの姿が――。




