二十二話 『占い師のあてにならないお告げ』
「……帰るか」
探すのを諦めて、歩き出した時だった。
「あれ?」
広場の端に、小さな天幕が建っている。昨日はなかった。色褪せた布で作られた簡素な天幕。その前には木の看板が置かれていた。
『占います』
「……占い?」
思わず足を止める。興味本位で近付くと、中から声が飛んできた。
「おやおや」
老婆だった。深い皺だらけの顔。頭には派手な布を巻いている。机の上には、水晶玉のようなものまで置かれていた。
「見ない顔だねぇ」
「えっと……」
「安心しな」
老婆はにやりと笑う。
「ちゃんと称号持ちだよ」
「称号持ち?」
「『占い師』さね」
僕は目を丸くした。占い師。そんな称号もあるんだ。
「占いって当たるんですか?」
「当たったら大金持ちになってるよ」
「えぇ……」
いきなり信用できなくなった。老婆はケラケラ笑う。
「えっと、やっぱりやめときま――」
「まあ座りな」
「……」
言われるまま椅子に腰を下ろしかけて、僕は慌てて動きを止めた。
「あ、でも」
「ん?」
「お代って……」
老婆が瞬きする。
「僕、お金あんまり持ってなくて」
というか持っていない。正確には一クレストも。空白地帯へ来てから現金なんて見たこともなかった。すると老婆は数秒黙り――。ぶふっと吹き出した。
「ははは!」
「え?」
「そんな顔するんじゃないよ」
そう言って腹を抱えて笑う。
「今日は客が来ないから暇潰しさね」
「暇潰し……」
「金なんかいらないよ」
そう言うと、老婆は机を軽く叩いた。
「その代わり、面白い話でも聞かせとくれ」
そう言って、僕の顔をじっと見る。
「それで?」
「え?」
「何を聞きたいんだい」
そう言われて、僕は少し黙った。聞きたいこと。たくさんある。元の世界に帰れるのか。これからどうなるのか。称号は手に入るのか。
でも結局、一番気になっているのは――。
「僕……」
言葉が詰まる。
「どうしたらいいのか分からないんです」
老婆は何も言わない。ただ静かに聞いている。
「称号を取らないといけないのは分かってます。でも何を目指したらいいのかも分からないし、そもそも人に話しかけるのも苦手で」
自分で言っていて情けなくなった。
「みんなはちゃんと前に進んでるのに、僕だけ何もできてない気がして」
老婆はしばらく黙っていた。それから机を指で軽く叩く。
「若いねぇ」
「え?」
「若い悩みだよ」
「いや結構真剣なんですけど」
「真剣だから若いんだよ」
老婆はくすりと笑った。
「じゃあ教えてあげようかね」
そう言って、僕の額を指差す。
「お前さんは何になるべきか」
僕は思わず身を乗り出した。
「わかるんですか?」
「わかるとも」
老婆は頷く。そして。
「知らないねぇ」
「え?」
間抜けな声が出た。
「知らないよ」
「……?」
「だってお前さん、まだ何もしてないじゃないか」
思わず固まる。老婆は平然と続ける。
「剣士になりたい奴は剣を振る」
「……はい?」
「商人になりたい奴は商売をする」
「……あ」
そこで老婆は肩を竦めた。
「でもお前さんは、まだ何にもなろうとしてない」
「……」
「だから占えない」
老婆はそこで言葉を区切り、水晶玉に映る歪んだ光をじっと見つめた。
「……いや。お前さんが目指すべき道は、この世界のどこにも、最初から用意されてないのかもしれないねぇ」
胸に何かが刺さった気がした。確かにその通りだった。僕は称号が欲しいなんて言いながら、失敗するのが怖くて何もしていない。
「ただね」
老婆が少しだけ優しい声になる。
「迷うのは悪いことじゃない」
「……」
「歩いてる奴しか迷わないからねぇ」
風が吹く。天幕の布がぱたぱたと揺れる。なぜか、その言葉だけは少しだけ胸に残った。
「……ありがとうございました」
僕が小さく頭を下げると、老婆はひらひらと手を振った。
「礼なんかいらないよ」
「えっ」
「その代わり、いつか自分が何者になったか分かったら教えに来な」
そう言って笑う。僕も少しだけ笑ってしまった。
「分かりました」
席を立つ。天幕の外へ出ると、夕陽が傾き始めていた。気付けば思ったより長く話し込んでいたらしい。
「……何者になったか、か」
相変わらず答えは分からない。でも、朝より少しだけ気持ちは軽くなっていた。
広場を横切る。行き交う人々の間を歩く。ふと周囲を見回した。またあの少女を探している自分に気付く。
「……いないか」
――どうしてあんなに冷たい目で、悪魔と呼ばれて、たった一人で世界を拒絶しているんだろう。
もし、あのとき果物を差し出した指先が彼女の本物なら、僕は――あの子の力になりたい。
そんなことを考えて、苦笑しながら首を振った。
結局、その日も少女の姿は見つからなかった。空が茜色に染まり始めている。僕はゆっくりと小屋への道を歩き出した。




