二十話 『泥水粥と、赤い耳』
小屋へ戻ると、アルフィーは袋の中を漁った。
残っていたのは配るには半端な食材ばかりだった。骨。野菜の切れ端。少し傷んだ果物。どれも人に渡すには量が足りない。
アルフィーはそれらを適当に鍋へ放り込む。僕はその様子を横から見ていた。
「それも配るの?」
「これは量がない」
アルフィーは短く答える。
「……じゃあ」
「お前と俺の分だ」
そう言うと、水を入れて火にかけた。しばらく眺めていたけれど、調理というより作業だった。切る。放り込む。混ぜる。それだけ。しかも途中から謎の粉を入れ始めた。
「それ何?」
「知らん」
「え……?」
「前にバーゲンセールで手に入れた」
怖い。怖すぎる。さらに別の瓶を開ける。ドバドバ入れる。
「ちょっ、多くない!?」
「勘だ」
「勘で入れていいものなの!?」
無視。鍋はぐつぐつ煮え続ける。やがて完成したようだった。
「特製、泥水粥だ」
器によそわれたそれを見て、僕は固まる。
「……」
灰色。なんというか、夢も希望もない色だ。肉なのか野菜なのかもよく分からない。正直に言うと少し怖い。いや、めちゃくちゃ怖い。
「……これ、大丈夫?」
「死にはしない」
恐る恐る口に運ぶ。
「……あれ?」
――美味しい。見た目は最悪なのに、信じられないほど美味かった。肉の旨味が溶け出して、野菜の甘みもある。複雑なのにまとまっている。体の奥からじんわり温まる。
「なんで!?」
混乱する。
「見た目と味が全然一致してない!」
「そうか」
アルフィーは興味なさそうだった。
「そうかじゃないよ!」
僕は夢中で食べ続ける。気付けばスプーンが止まらなくなっていた。
「すごいよ、アルフィー」
感動している僕を見て、アルフィーは視線を逸らした。
「別に」
そしてスプーンを口に運ぶ。
「余ったもん突っ込んだだけだ」
「いや、絶対違うって」
「同じ材料ありゃ誰でも作れる」
ぶっきらぼうに言う。
「作れないよ」
「作れる」
「作れない」
「作れる」
一歩も引かないアルフィーに、僕は言った。
「アルフィーってさ。強いだけじゃなくて、意外とこういうのも得意なんだね」
一瞬の沈黙。アルフィーの動きが止まった。
「……意外とって何だよ」
不満そうな声。
「あっ」
しまった。
「いや、その」
慌てて言葉を探す。
「変な意味じゃなくて」
「どうせ俺は料理とかできなさそうに見えるんだろ」
「いや、そうじゃなくて!」
「ふーん」
……完全に拗ねてる。
アルフィーは不機嫌そうにスープを飲んだ。けれど耳だけが少し赤い。本人は気付いていないらしい。
「なんだよ」
「いや」
僕は首を振る。
「なんでもない」
そう言うと、もう一口スープを飲む。やっぱり美味しい。
「変なやつだ」
アルフィーがボソッと呟く。外では夜風が吹いていた。小さな小屋の中だけが、不思議なくらい温かかった。
スープを食べ終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。小屋の外から聞こえていた話し声も少しずつ減っていく。子供たちの声も聞こえなくなり、空白地帯は静かな夜に包まれていた。
「そろそろ寝るか」
アルフィーはそう言って小屋の中を見回す。
「ほら、これ使え」
そう言って、近くにあった毛布を渡してくる。
「ありがとう」
僕は毛布にくるまりながら、小さく息を吐く。昼間のことを思い出していた。国王の演説。広場を埋め尽くしていた人々。歓声。拍手。希望に満ちた顔。
『努力した者は上へ行ける』
『未来は自らの手で掴み取るのだ』
あの言葉を聞いた時は、本当にそうなんだと思った。実際、アルフィーも言っていた。上へ行った者はいるって。でも――。僕は視線を上げる。
小屋の隙間から外が見えた。老人がいる。怪我をした人がいる。子供たちがいる。昼間の広場にいた人たちとは違う。同じ王都に住んでいるはずなのに、まるで別の世界みたいだ。
「……アルフィー」
「なんだ」
「みんなどうしてここにいるの?」
気づけば聞いていた。なんでみんな同じ場所に集まっているのか、不思議だった。アルフィーは壁にもたれたまま答える。
「他に行くとこがないんだろ」
「……」
「あとは、隠れてるやつも多い」
「隠れてる?」
「あぁ」
アルフィーは指を一本立てる。
「借金取りだったり」
もう一本立てた。
「虚人狩りだったり、色々だ」
それだけ言う。僕は外を見る。夜の空白地帯は静かだった。みんなそれぞれの小屋で夜を過ごしている。
「ここにいる人たちは、みんな虚人なの?」
「ああ」
アルフィーが頷く。そこまでは分かる。僕も虚人だ。だからここにいる。でも。
「どうしてこんなにいるの?」
昼間見ただけでも大勢いた。こんな集落が王都の片隅にあること自体、僕には少し信じられなかった。アルフィーは少しだけ目を閉じた。
「負けたからだ」
「え……」
「一人や二人じゃない」
静かな声だった。
「毎日どこかで落ちてる」
言葉を失う僕を気にせず、アルフィーは続けた。
「上へ行く奴がいるってことは、下へ落ちる奴もいるってことだ」
小屋の中が静かになる。僕は何も言えなかった。昼間の歓声が頭の中で蘇る。
『努力した者は上へ行ける』
あの言葉は嘘じゃない。きっと本当だ。実際に上へ行った人もいる。だからみんな信じる。
だけど。その裏側には、上へ行けなかった人たちがいる。落ちた人たちがいる。今、僕の周りにいる人たちのように。
――でも、ここにいる人たちは、けっして戦う力がなかったわけじゃない。
あの老人も、怪我をした男の人も、きっと他人から称号を奪うことができなかっただけなんだ。弱いんじゃない。人から何かを奪うには、彼らはあまりにも、心が優しすぎる人たちだったんだ。
「昼の演説じゃそこまでは言わないけどな」
アルフィーがぽつりと言った。
「……」
僕は返事をしなかった。できなかった。
昼間見た白い城。歓声に包まれた広場。そして今いる小さな小屋。どっちも同じ王都のはずなのに、まるで別の景色だった。
国王の言葉が頭に残っていた。王女の寂しそうな表情も。あと、悪魔と呼ばれていた白髪の少女。そして、この空白地帯の人たち。どれも上手く繋がらない。
考えても答えは出る気がしない。だから考えてるのをやめた。
外では夜風が静かに吹いている。その音を聞きながら、僕はゆっくりと目を閉じた。




