↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/56

二十話 『泥水粥と、赤い耳』

 小屋へ戻ると、アルフィーは袋の中を漁った。


 残っていたのは配るには半端な食材ばかりだった。骨。野菜の切れ端。少し傷んだ果物。どれも人に渡すには量が足りない。


 アルフィーはそれらを適当に鍋へ放り込む。僕はその様子を横から見ていた。


「それも配るの?」


「これは量がない」


 アルフィーは短く答える。


「……じゃあ」


「お前と俺の分だ」


 そう言うと、水を入れて火にかけた。しばらく眺めていたけれど、調理というより作業だった。切る。放り込む。混ぜる。それだけ。しかも途中から謎の粉を入れ始めた。


「それ何?」


「知らん」


「え……?」


「前にバーゲンセールで手に入れた」


 怖い。怖すぎる。さらに別の瓶を開ける。ドバドバ入れる。


「ちょっ、多くない!?」


「勘だ」


「勘で入れていいものなの!?」


 無視。鍋はぐつぐつ煮え続ける。やがて完成したようだった。


「特製、泥水粥《マッド・ブロス》だ」


 器によそわれたそれを見て、僕は固まる。


「……」


 灰色。なんというか、夢も希望もない色だ。肉なのか野菜なのかもよく分からない。正直に言うと少し怖い。いや、めちゃくちゃ怖い。


「……これ、大丈夫?」


「死にはしない」


 恐る恐る口に運ぶ。


「……あれ?」


 ――美味しい。見た目は最悪なのに、信じられないほど美味かった。肉の旨味が溶け出して、野菜の甘みもある。複雑なのにまとまっている。体の奥からじんわり温まる。


「なんで!?」


 混乱する。


「見た目と味が全然一致してない!」


「そうか」


 アルフィーは興味なさそうだった。


「そうかじゃないよ!」


 僕は夢中で食べ続ける。気付けばスプーンが止まらなくなっていた。


「すごいよ、アルフィー」


 感動している僕を見て、アルフィーは視線を逸らした。


「別に」


 そしてスプーンを口に運ぶ。


「余ったもん突っ込んだだけだ」


「いや、絶対違うって」


「同じ材料ありゃ誰でも作れる」


 ぶっきらぼうに言う。


「作れないよ」


「作れる」


「作れない」


「作れる」


 一歩も引かないアルフィーに、僕は言った。


「アルフィーってさ。強いだけじゃなくて、意外とこういうのも得意なんだね」


 一瞬の沈黙。アルフィーの動きが止まった。


「……意外とって何だよ」


 不満そうな声。


「あっ」


 しまった。


「いや、その」


 慌てて言葉を探す。


「変な意味じゃなくて」


「どうせ俺は料理とかできなさそうに見えるんだろ」


「いや、そうじゃなくて!」


「ふーん」


 ……完全に拗ねてる。


 アルフィーは不機嫌そうにスープを飲んだ。けれど耳だけが少し赤い。本人は気付いていないらしい。


「なんだよ」


「いや」


 僕は首を振る。


「なんでもない」


 そう言うと、もう一口スープを飲む。やっぱり美味しい。


「変なやつだ」


 アルフィーがボソッと呟く。外では夜風が吹いていた。小さな小屋の中だけが、不思議なくらい温かかった。


 スープを食べ終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。小屋の外から聞こえていた話し声も少しずつ減っていく。子供たちの声も聞こえなくなり、空白地帯は静かな夜に包まれていた。


「そろそろ寝るか」


 アルフィーはそう言って小屋の中を見回す。


「ほら、これ使え」


 そう言って、近くにあった毛布を渡してくる。


「ありがとう」


 僕は毛布にくるまりながら、小さく息を吐く。昼間のことを思い出していた。国王の演説。広場を埋め尽くしていた人々。歓声。拍手。希望に満ちた顔。


『努力した者は上へ行ける』


『未来は自らの手で掴み取るのだ』


 あの言葉を聞いた時は、本当にそうなんだと思った。実際、アルフィーも言っていた。上へ行った者はいるって。でも――。僕は視線を上げる。


 小屋の隙間から外が見えた。老人がいる。怪我をした人がいる。子供たちがいる。昼間の広場にいた人たちとは違う。同じ王都に住んでいるはずなのに、まるで別の世界みたいだ。


「……アルフィー」


「なんだ」


「みんなどうしてここにいるの?」


 気づけば聞いていた。なんでみんな同じ場所に集まっているのか、不思議だった。アルフィーは壁にもたれたまま答える。


「他に行くとこがないんだろ」


「……」


「あとは、隠れてるやつも多い」


「隠れてる?」


「あぁ」


 アルフィーは指を一本立てる。


「借金取りだったり」


 もう一本立てた。


「虚人狩りだったり、色々だ」


 それだけ言う。僕は外を見る。夜の空白地帯は静かだった。みんなそれぞれの小屋で夜を過ごしている。


「ここにいる人たちは、みんな虚人なの?」


「ああ」


 アルフィーが頷く。そこまでは分かる。僕も虚人だ。だからここにいる。でも。


「どうしてこんなにいるの?」


 昼間見ただけでも大勢いた。こんな集落が王都の片隅にあること自体、僕には少し信じられなかった。アルフィーは少しだけ目を閉じた。


「負けたからだ」


「え……」


「一人や二人じゃない」


 静かな声だった。


「毎日どこかで落ちてる」


 言葉を失う僕を気にせず、アルフィーは続けた。


「上へ行く奴がいるってことは、下へ落ちる奴もいるってことだ」


 小屋の中が静かになる。僕は何も言えなかった。昼間の歓声が頭の中で蘇る。


『努力した者は上へ行ける』


 あの言葉は嘘じゃない。きっと本当だ。実際に上へ行った人もいる。だからみんな信じる。


 だけど。その裏側には、上へ行けなかった人たちがいる。落ちた人たちがいる。今、僕の周りにいる人たちのように。


 ――でも、ここにいる人たちは、けっして戦う力がなかったわけじゃない。


 あの老人も、怪我をした男の人も、きっと他人から称号を奪うことができなかっただけなんだ。弱いんじゃない。人から何かを奪うには、彼らはあまりにも、心が優しすぎる人たちだったんだ。


「昼の演説じゃそこまでは言わないけどな」


 アルフィーがぽつりと言った。


「……」


 僕は返事をしなかった。できなかった。


 昼間見た白い城。歓声に包まれた広場。そして今いる小さな小屋。どっちも同じ王都のはずなのに、まるで別の景色だった。


 国王の言葉が頭に残っていた。王女の寂しそうな表情も。あと、悪魔と呼ばれていた白髪の少女。そして、この空白地帯の人たち。どれも上手く繋がらない。


 考えても答えは出る気がしない。だから考えてるのをやめた。


 外では夜風が静かに吹いている。その音を聞きながら、僕はゆっくりと目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。