十七話 『信じることの足踏み』
人混みを抜ける。曲がり角を一つ。さらに細い路地へ。そこでようやく見つけた。黒い外套の少女は、一人で歩いていた。
「ま、待って!」
思わず声を上げる。少女の足が止まった。ゆっくり振り返る。黒い外套が揺れる。振り返った少女と目が合う。
整った顔立ちだ。白い髪も、赤い瞳も、人目を引くはずなのに。その瞳は、どこか人を寄せ付けないように見えた。
心臓が、ドクンと嫌な音を立てる。背筋が凍りつくような、圧倒的な拒絶。一歩でも近づけば、魂ごと切り刻まれそうな冷たさが、そこにはあった。
その瞬間、広場で聞いた言葉が頭をよぎる。
――悪魔。
「君、本当に悪魔なの?」
少女は少しだけ目を細めた。
「そう見えるなら、そうなんじゃない」
どこか諦めたような声。
「違うの?」
思わず聞いてしまう。少女は少しだけ首を傾げた。
「……違う、って言ったら」
赤い瞳が僕を見る。
「あなたは信じるの?」
「……僕は……」
言いかけて、言葉が詰まる。彼女のこと、まだほとんど何も知らないのに、軽々しく信じるなんて言えない。
――だけど、あのとき子供に果物を差し出したあの優しい指先が、嘘だともどうしても思えなかったんだ。
少女は黙る僕を見てふっと笑った。そして、小さな声で呟く。
「……いいの。だって、私はあなたのその命も、魂も、全部喰らい尽くしてしまうかもしれない――『悪魔』なんだから」
歌うような、どこか芝居がかった声。
彼女がそっと細い指先を動かした瞬間、彼女の足元の石畳が不気味に蠢いた。そして、不吉な赤の光の輪が浮かび上がる。
「――!?」
一瞬、その赤い光に照らされた彼女の横顔は、本物の悪魔のように妖しく――そして、ひどく孤独に怯えているように見えた。
「……」
「用はそれだけ?」
僕はまた黙り込む。聞きたいことはある。でも上手く言葉にならない。少女は小さく息を吐いた。
「……じゃあ――」
そう言って踵を返す。少女は振り返らなかった。黒い外套だけが揺れる。僕はその背中を見送ることしかできなかった。
やがて、少女の背中は路地の奥へ消えていった。僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「おい」
後ろから声が飛ぶ。アルフィーだった。
「行くぞ」
「あ、うん……」
慌てて振り返る。もう少女の姿は見えない。結局、何も分からなかった。悪魔と呼ばれていた理由も。どうしてあんな目で見られていたのかも。
ただ――。あの時、子供に果物を差し出した手だけが妙に頭に残っていた。
僕は小さく首を振る。考えても仕方がない。今はアルフィーについていくだけだ。王城を背にして歩き出す。
「そういえばさ」
ふと思い出して聞く。
「王様からの呼び出しって何だったの?」
アルフィーは前を向いたまま、視線を合わさずに答えた。
「……大したことじゃない」
「え、そうなの?」
「任務のことで呼ばれただけだ」
相変わらず短い。だけど僕は、アルフィーの歩幅がほんの少しだけ乱れたのを見逃さなかった。
たぶん、聞かれたくないわけじゃない。ただ本当に興味がないだけなんだ――僕はそう自分に言い聞かせて、それ以上は深く追及しなかった。
二人とも、しばらく無言で歩いていた。




