十六話 『一人きりの城門、最強の勇者』
演説が終わり、僕はアルフィーの後を歩いていた。向かう先は王城だった。
「本当に行くんだ」
「言っただろ」
当然みたいな顔。巨大な城門が近づいてくる。両脇には鎧姿の門兵が立っていた。さすがに止められる。そう思った。
「止まれ」
城門の前で門兵が槍を交差させる。
「称号を名乗れ」
アルフィーは面倒そうに頭を掻いた。
「傭兵だ」
次の瞬間。足元に淡い緑色の光が広がる。
『――傭兵』
どこからともなく声が響いた。門兵は頷く。
「ああ、アルフィーか」
もう話は通っているらしい。
「王がお呼びだ。入れ」
重い門がゆっくり開き始めた。僕は思わず目を瞬かせた。
「入れるの?」
「呼ばれてるからな」
アルフィーは当たり前のように言う。
「僕は?」
「無理だ」
即答。わかってたけど。
「えぇ……」
アルフィーはそのまま城門へ向かう。そして、数歩進んだところで振り返った。
「終わるまで適当に時間潰してろ」
「どれくらい?」
「さあな」
それだけ言うと城の中へ入っていく。重い門が閉じた。僕だけが取り残される。
「……」
一人になってしまった。しかたない、しばらく城の周辺でも回るか。
歩いていると、演説を見に来ていた人たちがまだ大勢残っていた。貴族らしい服を着た人。騎士。商人。みんな堂々としている。称号を持っているからだろうか。なんだか少し眩しい。
「称号、か……」
ふと、僕はとあることを思いついた。そして周囲を見回した。誰もこっちを見ていない。……よし、今なら――。
胸を張る。顎を上げる。
「フッ……」
喉を締め、低い声を作る。
「見せてやる」
右手を前へ。
「この剣に宿りし力を……!」
もちろん剣なんて持っていない。でもそこはイメージだ。両手で柄を握る真似をする。
「僕は――」
大きく振りかぶる。
「最強の勇者だ!」
勢いよく振り下ろした。空を斬る。何もない空間を。
「……?」
「……何だあいつ」
横から声が聞こえてくる。
「勇者って言ってなかった?」
「どう見たって、勇者なわけないだろ」
「子供か?」
僕は固まった。ゆっくり首を向ける。通りすがりの人たちが微妙な顔でこっちを見ていた。
「……っ」
顔が熱い。火が出るくらい。
「コ、コホン」
僕は小さく咳払いした。そして何事もなかったかのように歩き出す。当然だ。僕は何もしていない。何も気にすることはない。……何も。
その時だった。
「うわっ!」
子供の声が聞こえた。反射的にそっちを見る。
少し先の人混みの中で、小さな男の子が転んでいた。抱えていた荷物が石畳の上へ散らばる。果物が転がり、布袋が地面へ落ちた。
「あっ……」
男の子は慌てて立ち上がり、散らばった荷物を拾おうとした。するとその前で、一人の少女が足を止めた。
黒いフード付きの外套。ちらりと見える白い髪。僕は思わず目を見開く。
「……あ――」
路地裏で見た少女だ。黒い外套。白い髪。間違いない。少女は何も言わずにしゃがみ込み、転がった果物を拾い上げる。そして男の子へ差し出した。
「ほら」
小さな声。その時、風で彼女のフードが捲れた。白く長い髪が風になびく。次の瞬間、周囲の空気が変わった。
「おい、あの赤い目……」
「あ……悪魔だ……」
誰かが呟く。
「ち、近づくな!」
「何で悪魔がこんなところに……」
「縁起が悪い」
刺すような声が周囲から聞こえてくる。僕は思わず周囲を見回した。みんな少女を見ていた。嫌悪するような目。怯えるような目。まるで何か恐ろしいものを見ているかのようだった。
その時、人混みの中から女性が飛び出してきた。どうやら男の子の母親らしい。女性は男の子を抱き寄せた。まるで危険なものから守るみたいに。
「行くわよ」
男の子は少し戸惑った顔をしていた。でも母親に腕を引かれ、そのまま連れて行かれる。少女への礼の言葉はなかった。一言も。
少女は何も言わない。表情も変わらない。ただ荷物を渡すと、そのまま歩き出した。
「……」
僕は言葉を失った。助けただけだ。転んだ子供を。荷物を拾ってやっただけだ。それなのに。誰も感謝しない。それどころか責めていた。ひどい。ひどすぎる。
少女は人混みの向こうへ歩いていく。黒い外套が少しずつ遠ざかる。僕は迷った。追うべきか。その時だった。
「終わったぞ」
後ろから声がした。振り返る。アルフィーだった。いつの間にか城から戻ってきている。
僕は再び少女の方を見る。人混みの向こう。白い髪が見える。
「あの子……」
思わず呟く。アルフィーが眉をひそめた。
「なんだ、知り合いか?」
「……いや」
少しだけ沈黙が流れた。少女の後ろ姿はどんどん遠ざかっていく。
「……っ」
僕は目を離せなかった。
「助けてたのに」
「……」
アルフィーは何も言わない。
「なんであんなこと言われてたんだろう」
白い髪が人混みの向こうへ消えそうになる。気づけば僕はそっちに足を速めていた。
「ちょ、おい!」
アルフィーの声が後ろから飛んできた。だけど、僕は足を止めなかった。
彼女は助けただけだった。それなのに、どうしてあんな目で見られていたんだろう。それが気になって仕方がなかった。




