【第三章 祝福の影】 十五話 『光の中の取り残された王女』
僕たちは来た道を戻っていた。アルフィーが少し前を歩く。僕はその後ろをついていく。
細い路地を抜けると、人通りは少しずつ増えていった。古びた建物が減り、石造りの立派な建物がちらほら目立つ。行き交う人の数も多い。商人。冒険者。職人。騎士。みんな忙しそうに通りを歩いていた。
その時、ふと思った。
「そういえばさ」
そのまま声に出す。
「どこに向かってるんだっけ?」
アルフィーは振り返らずに答える。
「城だ」
「城?」
思わず聞き返す。少しの間を置いて、アルフィーが言った。
「呼び出された」
「えっ、誰に?」
「国王」
アルフィーは淡々と答える。
「……アルフィー、何かしたの?」
「いや、別に」
本当に興味なさそうな口調だった。
その時だった。突然、ゴオォーンと、大きな鐘の音が響いた。思わず足を止める。鐘は一度だけでは鳴り止まない。何度も何度も。震えるような音が王都中へ広がっていく。
「――始まった!」
「急げ!」
「陛下だ!」
「姫様も出るぞ!」
周りにいた人たちが一斉に動き始めた。それまで別々に歩いていた人たちが同じ方向へ向かっていく。広場の方だ。僕は戸惑いながらその様子を見ていた。
「何かあるのかな?」
「国王の演説だ」
アルフィーが言った。特に興味はなさそうだった。だけど、周囲の人たちは違う。誰もが少し浮き立った様子で広場へ向かっている。
僕はみんなにつられるように足を向けた。アルフィーも止めなかった。人の流れについていくうちに、気づけば広場へ出ていた。
「うわ――……」
思わず声が出る。広場は人で埋め尽くされていた。商人も。冒険者も。騎士も。老若男女問わず、大勢の人が同じ方向を見ている。
その先。王都の中心にそびえる巨大な城が見えた。白い城壁。何本もの尖塔。空へ届きそうなほど高く伸びるその姿は、遠くから見ても圧倒的だった。
「来たぞ!」
「陛下だ!」
歓声が上がる。少しして、バルコニーへ人影が現れた。壮年の男性。王冠を戴き、豪華な装束を身に纏っている。きっとあれが国王だ。周囲の歓声はさらに大きくなる。
やがて国王が一歩前へ出た。広場が静まる。みんな、彼の言葉を待っていた。
「称号は神が人に与えた可能性である」
力強い声が広場へ響いた。次の瞬間。大きな拍手が起こる。
「生まれは関係ない」
さらなる歓声。国王は続ける。
「努力した者は上へ行ける。旅人は騎士へ。騎士は将軍へ。将軍は王国を支える者となる」
広場の熱気が少しずつ高まっていく。
「我がブランディア王国では、全ての民に平等な挑戦の機会を与える」
誰も喋らない。誰も目を逸らさない。みんなが国王をまっすぐ見ていた。
「諸君らの未来は、諸君ら自身の手で掴み取るのだ」
歓声が爆発した。拍手。叫び声。まるで広場全体が揺れているみたいだ。
僕は周囲を見回した。みんな本気だ。誰も笑ってないし、疑ってない。当たり前のように信じている。努力すれば上へ行ける。称号が未来を変えるって。
「……すごいな」
自然と声に出していた。国王の言葉だけじゃない。それを信じている人たちの熱気に圧倒されていた。しばらく城を見上げる。白い城。その上に立つ国王。
「僕も」
小さく声が漏れる。
「いつか、上へ行けるのかな」
気づけば、そんなことを考えていた。しばらくして、国王が言葉を区切る。すると、その奥からもう一つ、人影が現れた。
「姫様だ!」
「リベルタ姫ー!」
歓声がさらに大きくなる。
現れたのは、豪華なドレスを纏った少女だった。白い生地に、鮮やかな色の宝石とリボンの装飾。ウェーブの金髪が風に揺れている。
王女は広場を見渡した。そして静かに口を開く。
「皆さまの輝かしい未来のため、王家もまた力を尽くします」
透き通るような声。広場から歓声が上がる。
「おおっ!」
「リベルタ様!」
「万歳!」
王女は小さく微笑んだ。完璧だった。立ち振る舞いも。言葉も。王族らしい気品も。何もおかしくない。なのに――。
「……?」
ほんの一瞬だった。見間違いかもしれない。遠すぎて顔なんてほとんど見えない。それでも。彼女だけ、どこか楽しそうに見えなかった。
国王は笑っている。人々も笑っている。広場は歓声に包まれている。なのに。
王女だけが、その中から少しだけ取り残されているように見えた。どこか僕に似ている。そう思った。
「……」
いや、たぶん気のせいだ。
次の瞬間、大きな歓声が広場を包み込んだ。僕は思わずそっちへ視線を向ける。しだいに違和感も頭の片隅へ追いやられていった。
演説が終わると、広場に大きな拍手が響いた。
「陛下万歳!」
「今年こそ俺も上を目指すぞ!」
「頑張れば騎士だって夢じゃねぇ!」
あちこちからそんな声が聞こえてくる。みんな満足そうな顔で広場を後にしていた。僕もアルフィーと一緒に人の流れへ混ざる。それでも頭の中には、さっきの言葉が残っていた。
『努力した者は上へ行ける』
『未来は自らの手で掴み取るのだ』
称号。この世界では、それが全てだ。でも。もし本当にあの言葉が正しいなら。僕にもまだ可能性があるんだろうか。
「……本当に、あんな風になれるのかな」
独り言のつもりだった。でも、前を歩いていたアルフィーには聞こえていたらしい。
「全部嘘じゃない」
不意に返事が返ってきた。
「え?」
僕は顔を上げる。アルフィーは前を向いたまま歩いていた。
「実際に上へ行った奴もいる。だからみんな信じる」
「……」
短い言葉だった。でも妙に納得できた。確かに。嘘だけなら、あんなにたくさんの人が集まるはずがない。きっと、あんな目はしない。アルフィーは少しだけ間を置いた。
「ただし」
その声が少し低くなる。
「本当に上まで行きそうな奴は別だ」
「どういう意味?」
僕が聞くと、アルフィーは小さく肩をすくめた。
「そのうち分かる」
それ以上は何も言わなかった。僕も追及できなかった。
ただ、さっき見た広場の光景を思い出す。歓声。拍手。希望に満ちた人々の顔。そして――。一瞬だけ見えた、王女の表情。なんだか、胸に小さな引っ掛かりだけが残っていた。




