十三話 『マスコットには向かない』
「……助けてくれて、ありがとう」
僕がお礼を言うと、青年は少し怪訝な顔を浮かべた。
「勘違いするな。俺はあいつらが目障りだったから散らしただけだ。お前みたいなガキの命を救ってやる義理はない」
前を向いたまま答える青年。二人でしばらく路地を歩く。
「でも、すごく強かった」
「そりゃ、仕事だからな」
「仕事?」
「ああ。毎日仕事で戦ってる」
少し驚いた。この人、そんなすごい人なのか。
「じゃあ、僕を助けたのも仕事?」
「いや」
「え?」
「今日は休みだ」
あっさり言われた。仕事じゃないのに、助けてくれた。やっぱり、この人ほんとは優しい人なのかな?
しばらく歩いた後、僕は気になっていたことを口にした。
「あのさ、君の称号って……?」
「『傭兵』だ」
「……傭兵?」
「金をもらって戦う称号だ」
なるほど、と僕は頷く。青年――いや、傭兵は小さく息を吐く。
「そういや名乗ってなかったな」
そう言って少しだけ振り返った。
「俺はアルフィー」
「アルフィー……」
「お前は?」
「僕は、ゼロ」
僕が名乗ると、アルフィーはじっと僕の目を見て言った。
「ゼロ、か。あんまり聞かない名前だな」
「そうかな?」
しばらく歩いていると、不意にアルフィーが足を止めた。
「……アルフィー?」
呼んでも返事はない。アルフィーは黙ったまま、肩に掛けていた荷物を漁る。ごそごそと何かを探し、やがて一枚の外套を引っ張り出した。
「ほら」
無造作に投げられる。
「うわっ」
慌てて受け止める。思ったより重い。
「これ……?」
「着とけ」
アルフィーは前を向いたまま言う。
「そのままだとまた狙われる」
「……」
僕は手の中の外套を見下ろした。厚手の布を何枚も重ねて作られた白い外套。
首元に大きなフード。肩や胸元には何本か黒いベルトが通されていて、ところどころ擦れた跡はあるけれど、生地はしっかりしている。
「これ、アルフィーの?」
「前に使ってたやつだ」
「えっ」
「今は予備にしてる」
それだけ。いらないなら返せ、とでも言いたげな口調だ。
「……」
僕は少し迷ってから外套を羽織る。
ぶかぶかだった。裾は膝の近くまであるし、袖も何センチか余っている。
胸元のベルトを締めてみると、体に巻き付くように固定されて、わりといい感じになった。今までの僕とは別人みたいだ。
少なくとも今は、虚人だと一目で分かる姿じゃない。僕はフードの端をそっと握った。
「ありがとう」
小さな声で言う。アルフィーは振り返らなかった。
「礼はいらないって言っただろ」
ぶっきらぼうな声。それでも、なぜか嬉しかった。自然と足取りが軽くなる。
その時だった。通りの向こうから小さな足音が近づいてきた。
振り向くと、小柄な少女が二人。そわそわした様子でこっちを見ている。
僕たちよりも少し幼く見える。一人はピンク、もう一人は水色のショートヘア。二人とも、修道服っぽいローブを着ている。その姿は双子みたいにそっくりだ。
「ねぇ……どうする?」
「こ、声かけてみようよ」
ヒソヒソ声で話している。どうしたんだろう。
「何か用か」
さすがアルフィー。直球だ。少女たちがびくっと体を震わせる。
「えっと、その……」
二人は、アルフィーをちらっと見る。
「すごく強そうというか、かっこいいなって。ね?」
ピンク髪の少女がそう言うと、もう一人の水色の少女が僕を見て慌てて付け加える。
「そ、それに、そっちのぶかぶかのコートを着てる人は、なんか可愛いし」
「えっ、僕……?」
少女に指差された僕は、思わず自分の袖を見つめた。
アルフィーからもらった服は僕には大きすぎて、手が半分隠れている。格好つけていたつもりが、サイズが合わなくて不恰好に見えていたらしい。……恥ずかしすぎる。
隣を見ると、アルフィーは興味なさそうに前を向いたままだった。僕は戸惑いながらも、無理やり笑顔を作ろうとする。
「あ、えっと……ところで、君たちは?」
僕が聞くと、二人は胸を張り、少し誇らしげに答えた。
「わたしは『第三階位聖女』」
「わたしは『第四階位聖女』」
すると次の瞬間、彼女たちの足元が淡く緑に光った。
「って言っても、まだ見習いみたいなものだけどね」
名前じゃなくて、称号を名乗る。何だかおかしい気もするけど、それがこの世界のルールらしい。
ふと、二人の視線がこっちを向く。
「それで、お兄さんたちは?」
不意に聞かれて、心臓が跳ねた。
「二人とも、きっとすごい称号持ってるんだろうなぁ』
「だって、こんなに強そうなコート着てるんだもん」
「『魔銃士』とか?」
「もしかすると、『異国の王子』だったりして」
二人とも、僕たちが喋る前から勝手に盛り上がり始めた。
……まずい。どんどんハードルが上がっていく。僕の心臓はもう破裂寸前だった。
次は僕たちが答える番だ。だけど僕は称号を持ってない。
もし、ここで「虚人だ」なんて答えたらどうなる? きっと一瞬で凍りつくような軽蔑の目に変わるか、気まずい同情をされるかだ。
でも、嘘をついたところで、結局は称号システムでばれてしまうし。どうしたらいいんだよ――!
「僕は、その……」
ゴクリと喉を鳴らす。気まずい沈黙。少女たちの顔に怪訝な色が混じり始めた、その時。
「傭兵。こいつは、俺の見習いだ」
低くぶっきらぼうな声。振り向くと、アルフィーが冷ややかな目で僕を見ていた。
「行くぞ、見習い」
「えっ、あ、ちょっ――」
アルフィーは僕の首根っこを、まるで荷物でも掴むみたいに後ろから強引に引っ張った。
「えー、もう行っちゃうの……?」
「見習い君、頑張ってねー!」
少女たちはくすくすと笑いながら、軽く手を振って去っていく。
足音が遠ざかると、周りの空気が急に静かになった。僕は掴まれてくしゃくしゃになった襟元を直しながら、小さく息を吐く。
「……助かった。ありがとう」
「助けてはない。まあでも、嘘は言ってないだろ」
アルフィーは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……にしても、マスコットはないな」
「う、うるさいよ……」
僕はぶかぶかのフードを深く被り直した。アルフィーはそれを見て、ふっと小さく笑った。




