十二話 『不発の宣戦布告』
一瞬、路地裏が静まり返った。
「……は?」
男たちは顔を見合わせる。そして――。次の瞬間、爆笑が起きた。
「はははははっ!」
「聞いたか今の!」
「称号バトルだってよ!」
男たちは腹を抱えて笑っている。笑わせるようなことなんて言った覚えはない。
「……何がおかしいんだよ」
「いやいや、何がって――」
男が笑いながら涙を拭う。
「誰がお前なんかとやるんだよ」
「……え?」
思わず間抜けな声が漏れた。男が鼻で笑う。
「称号バトルはな、両者が了承して初めて成立するもんだ」
「両者が、了承……」
「つまり、片方が嫌だって言えば終わりなんだよ」
頭が真っ白になる。じゃあ――。じゃあ今まで考えていたことは何だったんだ。
称号持ちを見つけて、戦って、勝って、称号を奪う。それだけだと思っていた。でも、違う。相手が受けなければ戦うことすらできない。
「そんな……」
男たちが冷めた目で僕を見る。
「そもそも虚人なんかと戦う価値ねぇしな」
「勝っても得することねぇだろ」
称号バトルは成立しない。じゃあ、どうすればいいんだ。頭の中が真っ白になる。
「称号バトルごっこは終わりか?」
男の一人が腰に手を伸ばす。ギラリ、とナイフの刃が光った。
「――っ」
背筋が凍りつく。本物の刃物だ。間違いない。薄暗い路地裏の中で鋭く光っている。
男がナイフを弄びながら、一歩ずつ近づいてくる。一歩近づくごとに、心臓の音がうるさいほど跳ね上がる。逃げなきゃいけない。頭では分かってるのに、足がすくんで動けない。膝が震える。ほんと情けない。
ここへ来て早々、こんな薄汚れた路地裏でゴミみたく刺されて死ぬのか。誰にも気づかれず、虚人のままで――。
そんなの……嫌だ。死にたくない。まだ、僕は何も知らない。この世界のこと、称号のこと、僕自身のこと――何も。
「じゃあさっさと片付けるか。無称号に用はねえし」
逃げないと。でも、動けない。喉の奥が張り付いて、叫ぶこともできない。
「終わりだな」
男の歪んだ笑み。ナイフが僕のすぐ喉元へ。もう――駄目だ。その瞬間――。パンッと、乾いた銃声が路地裏に響いた。
「――っ!?」
男たちが咄嗟に身を竦める。弾丸は男たちのすぐ横を抜け、背後の石壁にめり込んでいた。石片がぱらぱらと落ちている。
「な、なんだ!?」
男たちが一斉に振り返る。
路地の入り口。そこに立っていたのは、一人の青年だった。
夜空みたいな濃紺の髪。使い込まれた革のジャケットを羽織り、胸には弾帯が斜めに掛かっている。腰には予備の弾倉。右手には黒い銃。無造作に伸びた前髪の奥から、冷たい目だけが男たちを見ていた。
「……お前ら。また虚人相手にいたぶってんのか」
青年は呆れたように言った。男たちの顔が歪む。
「チッ……」
「傭兵か」
「余計なことしやがって」
青年は銃を下ろさない。ただ静かに男たちを見ている。
「情けない連中だな」
短い一言。だけど、男たちは露骨に顔をしかめる。しばらく睨み合いが続いた後、男の一人が吐き捨てた。
「……行くぞ」
舌打ちを残して男たちは去っていく。やがて後ろ姿も足音もなくなった。静寂。
「はぁー……」
助かった。と同時に、思い出した。
「そうだ、あの子――」
僕は慌てて路地の奥を振り返る。さっきまで男たちに囲まれていた少女。黒いフード。白い髪。あの子は――。
「……あれ?」
誰も、いない。薄暗い路地裏には僕と青年だけ。確かにさっきまでいたはずなのに。いつ消えたのかも分からない。まるで最初からいなかったとでもいうように、少女の姿はどこにもなかった。
「どうした?」
青年が不思議そうな顔でこっちを見ている。
「あ、いや……」
僕は言いかけて口を閉じた。
「……なんでもない」
青年はそれ以上は聞いてこなかった。代わりに呆れたような顔をする。
「それより」
「なに?」
「お前、どうしてあんなやつらと絡んでたんだ」
「それは――」
思い出した瞬間、顔が熱くなる。女の子を助けようとした――なんて言えるわけない。
「僕は……称号バトルがしたくて、それで――」
青年がため息をつく。
「相手を選べ」
「え?」
「全員が律儀に受けてくれるわけじゃない。特にああいう連中はな」
そう言って、男たちが消えた路地の奥へ顎を向けた。
「称号だの、ルールだの言っても、結局は人次第だ。面倒事を避ける奴もいれば、最初から暴力で済ませる奴もいる」
「……」
称号を持っている相手を見つければいい。ただそれだけだと思っていた。でも、どうやら違うらしい。
「ちなみに」
青年が思い出したように口を開く。
「あいつらの称号なんか取っても得はないぞ」
「……どういう意味?」
「盗賊だ」
「盗賊?」
よくわからなくて聞き返す。青年は眉をひそめた。
「悪党向けの称号だ。まともな仕事はまず来ない」
そう言って銃をしまう。そんなやばい称号もあるのか……。僕は言葉を失った。何で返せばいいのかわからない。
青年は踵を返した。
「腹減ってるだろ。ついて来い」
「え?」
「その顔見りゃ分かる」
そう言って歩き出す。僕は慌てて後を追った。




