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都合のいい長女は今日でおしまい  作者: 朝月アサ


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22/27

22 叔父と甥





 シグヴェルトは黒い外套の裾を揺らしながら、応接室へ入ってきた。


 ルシアン、レオノーラ、ティアに順番に視線を向け、最後に、レオノーラへ伸ばされていたルシアンの手を見た。


「――ふむ」

「叔父上、出ていってください。これは、僕とレオノーラの問題です。叔父上には関係ありません」


 シグヴェルトはすぐには答えなかった。

 ただ、目を細めた。


「彼女は嫌がっているように見えるが」

「照れているだけです」


 あまりにも迷いなく返され、レオノーラは一瞬、自分の耳を疑った。


 何度も拒絶したはずなのに、ルシアンの中では、すべて照れや混乱に置き換えられている。


「――レオノーラは僕と一緒に王宮へ戻ります」


 シグヴェルトはわずかに眉を上げる。


「彼女のことは私に任せると言っていたはずだが」

「それは、あの時だけの話です。一時的に叔父上のもとへ預けただけですから」

「そうだったか」


 シグヴェルトの声は淡々としていた。

 怒っているようにも、呆れているようにも聞こえない。

 けれど、応接室の空気は先ほどより冷たくなっていた。


「では、本人に聞こう」


 シグヴェルトはレオノーラへ視線を向けた。


「レオノーラ。お前はどうしたい。我が甥とともに、ここを出るか」


 レオノーラは迷わず首を横へ振った。


「いいえ。家にも、王太子殿下のもとにも、二度と戻るつもりはありません」


 自分でも驚くほど、震えも焦りもなく静かに言えた。


 シグヴェルトはそこで初めて、ルシアンへ向き直った。


「そういうことだ」

「叔父上が命じたのでしょう」

「命じていない」

「何か魔術を使って、レオノーラ自身が気づいていないうちに、叔父上の意思に逆らえなくなっているんだ」


 シグヴェルトは怒りもせずに答える。


「本人の意思であり、本人の言葉だ。それをどうして受け入れられない」

「レオノーラが、僕から離れることなどありえないからです!」


 ルシアンの声が応接室へ響いた。


「…………」


 レオノーラは、目の前にいる青年を見つめた。


 ――やはり、自分たちは近くにいすぎた。それが当たり前になりすぎていた。


 ルシアンは、その年月を、レオノーラが今後も自分へ従い続ける証拠だと考えている。


 そのとき、シグヴェルトが低く笑った。


 あまりにも理解しがたいものを前にし、呆れが声になって漏れたような笑いだった。


「随分と甘やかされてきたようだ」

「何ですって?」

「本人が嫌だと言っている。それでも、自分が拒絶された可能性は考えない。相手が操られているか、照れているだけだと思う」


 シグヴェルトは、静かにルシアンを見据えた。


「周囲に甘やかされ、それに気づかず甘えてきたのだろう。いままではそれでよかったのだろうが、もうそれだけでは通じない。随分と遅くなったが、いま知れてよかったな」


 ルシアンの顔が赤くなる。


「叔父上と言えど、僕を侮辱するな! 僕は、王太子なんだぞ!」


 シグヴェルトは、もう一度小さく息を漏らした。


「今日は戻れ」

「まだ話は終わっていません」


 シグヴェルトが扉へ視線を向ける。


「これ以上ここで騒ぐなら、王太子ではなく、正式な手続きを踏まずに魔術院へ入り込み、所属する者を連れ去ろうとした侵入者として扱う」


 王国魔術院は、王宮の下部組織ではない。


 その長であるシグヴェルトが侵入者と判断すれば、王太子であっても無事では済まない。


 ルシアンは唇を引き結んだ。


 レオノーラを見たあと、シグヴェルトへ鋭い視線を向ける。


 何か言い返そうとしたようだったが、結局、言葉にはしなかった。


 強く握った拳を震わせたまま踵を返し、近衛騎士たちを連れて応接室を出ていく。


 乱暴に閉められた扉の音が、室内に響いた。


 しばらくして、レオノーラは深く息を吐いた。


「……どうして王太子殿下は、わたくしにそこまでこだわるのでしょう」


 愛するフィオナと婚約したはずなのに。


 フィオナの教育係など、レオノーラでなくとも事足りる。使い勝手がよいという理由だけにしては、あまりにもしつこい。


 シグヴェルトは、ルシアンの消えた扉から視線を戻した。


「女王陛下に怒られたのだろう」

「陛下に?」

「火山をも御せる、お前の力が必要なのだ」


 レオノーラの胸の奥へ、冷たいものが落ちた。


「……なるほど。なんとなくわかりました」


 ルシアンが求めているのは、レオノーラ自身ではない。


 一度は王宮を焼きかけたとはいえ、その後には火山を鎮め、竜を生み出した。その力を、王家の手元へ置いておきたいのだ。


 そう考えれば、ルシアンの執着にも納得がいく。


 ――だが、ひとつだけ腑に落ちない。


「わたくし程度の魔術師なら、他にもいくらでもいるのではありませんか?」


 王家がわざわざレオノーラに執着する必要性がわからない。


 シグヴェルトが目を瞬いた。

 次の瞬間、声を上げて笑い出す。


「な、何がおかしいのですか」

「お前のようなものが何人もいたら、とっくに世界が滅びている」

「シグヴェルト様のほうがよほど危険でしょう!」

「もちろんそうだ」


 あまりにも堂々と認められ、レオノーラは言葉に詰まった。


 否定する気はないらしい。


 シグヴェルトは笑いを収めると、レオノーラの肩でまだ扉を睨んでいるティアへ目を向けた。


「祝賀会でも油断するなよ、火竜」

「承知しております」

「勢い余って甥を焼くなと言っている」


 レオノーラは眉を寄せた。


「それは、もうしません!」

「どうだかな」

「しません!」

「きゅう!」


 ティアまでレオノーラへ同意するように鳴いた。

 その姿に、シグヴェルトは再び小さく笑っていた。



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