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都合のいい長女は今日でおしまい  作者: 朝月アサ


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20/27

20 隣に立つ練習



 祝賀会で演奏される曲を一通り確認したあと、レオノーラは広間の中央へ移動した。


 離宮の小広間は、ダンスの練習ができるよう家具を壁際へ寄せてある。窓辺には楽師が二人控え、レオノーラたちの準備が整うのを待っていた。


 向かいに立つシグヴェルトは、いつもの黒い外套ではなく、動きやすいシャツと細身の上着を身につけている。


「では、一度合わせてみましょう」

「ああ」


 祝賀会にはダンスの時間もある。

 主賓の二人がダンスで大失敗をすると大恥をかくので、軽くでも合わせておく時間が必要となる。


 シグヴェルトが右手を差し出した。


 レオノーラはその手を取り、左手を彼の肩へ添える。腰へ回された腕は、決められた位置から少しもずれていなかった。


 姿勢も、立つ距離も完璧だった。


 王族として、必要な作法はすべて身につけているのだろう。


 それなのに、どこか妙に硬い。


 楽師が弓を動かし、ゆったりとした曲が流れ始める。


 最初の一歩を踏み出し、二歩、三歩と進んだところで、二人の足取りがほんのわずかにずれた。


 レオノーラはすぐに体勢を立て直したものの、違和感は消えなかった。


「……公爵閣下」

「何だ」

「もしかして、ダンスにはあまり慣れていらっしゃらないのですか?」


 問いかけると、一拍の沈黙が落ちた。


「習ったことはある。王族として必要な舞踏は、すべて修得している」


 シグヴェルトは胸を張るでもなく、事実を述べるように答えた。


 レオノーラが尋ねているのは、覚えている型の数ではない。


「実際に女性と踊られた回数をお尋ねしています」


 シグヴェルトは答えなかった。


 腰へ添えられた手が動くこともなく、視線だけがわずかにレオノーラから外れる。


 答えないということは、そういうことなのだろう。


 ――いままでの記憶をたどってみると、確かにシグヴェルト様は、正式な舞踏会にはほとんど出席していない。出席した場合も、女性と踊っていた姿は見ていない。


 ――そして、彼に関する噂。女性嫌いと噂されるほど、近づいてくる令嬢を避けてきた王弟だ。実践経験が乏しいのも当然だった。


 その時、胸の奥に小さな感情が生まれる。


 ――かわいい、と。


 レオノーラは即座に聞かなかったことにした。


 ともかく、このまま祝賀会へ出れば、シグヴェルトが恥をかく可能性がある。


(わたくしがしっかりと補助し、不慣れだと悟られないよう導かなくては)


 責任感が燃え上がる。


 レオノーラは、シグヴェルトを安心させるように微笑んだ。


「大丈夫です。わたくしが合わせますので。次の動きもわかりやすいよう、手や身体の向きで合図いたしますので、どうぞご心配なく」


 シグヴェルトの眉が、わずかに動いた。


「お前が私をリードするつもりか?」

「はい。わたくしは、あらゆる舞踏を何度も練習しております。相手が不慣れな場合の合わせ方も学びましたので、どうぞお任せください」


 王太子妃となれば、社交のためダンスに慣れていない相手とも踊る機会が出てくる。特に外国からの要人など。

 レオノーラはそんな相手とも踊れるように練習していた。


「必要ない」


 きっぱりと拒まれ、レオノーラは目を瞬いた。


 だが、失敗してからでは遅いのだ。シグヴェルトは女王の弟で、王国魔術総監でもある。衆目の前で足を止めるわけにはいかない。


「私は失敗しない」

「先ほど、足が遅れていました」

「お前が先回りして動いたからだ」


 思いがけない指摘に、レオノーラは言葉を止めた。


「わたくしが、ですか?」

「私が導くより先に身体を動かしている。私が足を出す前に、お前が合わせようとするから、ずれる」

「…………」

「力を抜け」


 腰へ添えられていたシグヴェルトの手に、少しだけ力が加わった。


「で、ですが、次の動きを把握していなければ――」

「考える必要はない。私に任せろ」

「もし失敗したら、公爵閣下が恥をかくことになります」

「そのときは、私の責任だ」


 迷いのない声だった。


 絶対に失敗しないと主張しているのではない。


 自分が導いて失敗したのなら、その責任は自分が負うと言っている。


 レオノーラに、相手の分まで先回りして背負えとは言わない。


「……わかりました」


 完全に納得したわけではなかった。


 それでもレオノーラは、意識して肩から力を抜いた。


 シグヴェルトの手を握る指も緩め、次にどちらへ進むのかを考えるのをやめる。


 楽師が合図を察し、曲を最初から奏で始めた。


 今度は先回りせず、腰へ添えられた手の動きに身を任せる。


 最初の一歩。


 続く二歩目は、シグヴェルトが示した方向へ足を運ぶ。


 普段なら、次の三歩、四歩まで考えているところだった。けれど今は、手のひらから伝わる動きだけを追う。


 シグヴェルトの足取りは、最初の数歩こそ慎重だったが、一度レオノーラとの歩幅を掴むと、動きは見る間に滑らかになっていった。


 広い歩幅に合わせて引かれ、身体の向きが変わる。


 シグヴェルトの腕が支えているため、重心を移しても不安定にはならない。むしろ、自分で先を読んでいたときよりも、足取りが軽い。


 曲に合わせて一度回転し、再び正面へ戻ったところで、レオノーラは思わずシグヴェルトを見上げた。


「……お上手ですね」

「当然だ」

「先ほどまでは、あれほど動きが硬かったのに」

「実戦経験が少ないだけで、できないとは言っていない」


 返ってきた声は、わずかに不機嫌そうだった。


 不慣れだと見抜かれたことが、よほど気に入らなかったらしい。


 その表情を見て、先ほど無視したはずの声が、頭の片隅でもう一度囁いた。


 ――かわいい。


 今度は、完全には聞かなかったことにできなかった。

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