13 【sideシグヴェルト】竜好きのかくしごと
レオノーラのまとめた報告書を手に自室に戻ったシグヴェルトは、報告書を机に置いてそのまま寝台に倒れ込んだ。
――痛い。
腹の奥が焼けるように痛む。
そして実際に内臓が焼けている。
シグヴェルトは寝台の上で身体を丸め、服の上から腹を押さえた。
治癒術はすでに受けている。
損傷したのは内臓を巡る魔力経路で、数日安静にしていれば回復する。命に関わる傷ではない。食事もしばらく消化のよいものに限られるが、それ以外には大きな支障もない。
問題はない。
ただ、レオノーラが火山から竜を作り出した際、眷属契約を通して流れ込んできた魔力が、想定より少し多かっただけだ。
魔術医には詳細を伏せている。よってシグヴェルトの負傷の理由が漏れることもない。
――今回の損傷は、以前よりも軽微だった。
レオノーラと眷属契約を結んだときは、まともに食事も取れなくなった。あのときに比べれば、今回は何もなかったふりができている。
シグヴェルトはゆっくりと仰向けになった。
瞼を閉じると、噴き上がる赤い魔力の記憶が思い出される。
地脈から引き出された炎がレオノーラの周囲を巡り、集まり、鱗となる。頭が生まれ、角が伸び、翼が形を得て。
最後に金色の目が開いた。
――竜だった。
レオノーラは火山から、新たな竜を作り出した。
「……ふ」
口元から、わずかに息が漏れた。
腹が痛い。
だが、痛みよりも先に笑いが込み上げてくる。
(さすが、私の火竜だ――)
王宮を焼きかけただけでも充分に期待を超えていたというのに、今度は火山から竜を生み出した。
シグヴェルトは片手で口元を覆った。
どうしても頬が緩む。いまならば、誰に見られる心配もない。
「火山から、竜を……」
声に出してみる。
――やはり、素晴らしい。
シグヴェルトは枕元へ手を伸ばした。そこには、火山から持ち帰った黒い石が置いてある。地脈の熱を吸い、赤い筋が走っている珍しい火山石だ。
指先から魔力を流すと、石が浮かび上がり、ゆっくりと形を変え始めた。
丸い頭に、二本の角。短い脚に、小さな翼。
今日生まれた竜を思い出しながら削っていくと、手のひらほどの模型が完成した。
寝台の上へ置き、角度を変えて眺める。
悪くない。
だが、実物はもう少し頭が丸かった気がする。
前脚も短く、翼の付け根も違うように見える。足の裏の形も、明日もう一度よく見る必要がある。
レオノーラに頼めば、抱いているところを近くで見せてくれるだろうか。
シグヴェルトは完成したばかりの小竜を枕元に並べ、再び腹へ手を置いた。
契約を通して、レオノーラの魔力の気配が伝わってくる。
今頃どうしているかと想像すると、また口元が緩んだ。
――レオノーラを実際にそばへ置いてみるまで、彼女があれほどかわいいとは知らなかった。
(十八年か――)
クラウゼン伯爵家に長女が生まれたとき、シグヴェルトは八歳だった。
黒い髪に暗赤の瞳。火竜の血を色濃く継ぐ娘。
覚醒すれば、王都一つを焼き払う可能性を持つ存在。
すでに魔術師としての才を示していたシグヴェルトへ、先王である父は命じた。
『いずれ火竜が目覚めたとき、その炎を鎮められるのはお前かもしれぬ。対象について知っておけ』
最初に渡された報告書には、生後間もないレオノーラの健康状態と、魔力測定の結果が書かれていた。
報告書は毎月届き、シグヴェルトはわくわくしながらそれを読んだ。
いつ目覚めるか。いつ火を噴くのか。いつか飛ぶのか。巨大化するのか。
――何年経っても、火の魔力は現れない。
先王が亡くなったあとも、シグヴェルトは報告書を読むのをやめなかった。
報告書を読む限りでは、レオノーラはずいぶん我慢強い性格のようだった。
与えられた仕事をそつなくこなし、妹や弟の面倒をよく見て、王太子妃教育も完璧に行い、何があっても怒りで暴れることもない。
火竜とは、もっと激しいものだと思っていた。
炎のように怒り、燃え、周囲を巻き込むものだと思っていた。
正直なところ、少し期待外れだった。
だから、ルシアンの婚約者を妹へ替える話が決まったと聞いたとき、シグヴェルトは期待した。
婚約者を奪われる。彼女にだけは伏せられ、内密に話が進められている。そこまでされても、レオノーラは静かに受け入れるのか。
泣くのか。怒るのか。それとも、やはり何も言わず、誰かのために働き始めるのか。
シグヴェルトは、舞踏会の日を楽しみにしていた。
――今度こそ、何かが起きるのかもしれないと。
念のため、離宮には部屋も用意させた。
彼女の好きな香りも、食べ物も。ドレスの寸法も、すべて報告書を通して把握していた。
何も起きなければ、部屋を使わなければよい。それだけのことだ。
――結果として、部屋は無駄にならなかった。
王宮の大広間で、十八年間眠り続けていた炎が目覚め、そしてシグヴェルトは内臓を焼かれた。
――とても美しい炎で。
そして火山を御し、小さな竜をも生み出した。
暗い赤の瞳を、金色に輝かせて。
随分待たされたが、待った甲斐はあった。
「さすが、私の火竜だ」
誰もいない寝室で、シグヴェルトは小さく呟いた。
その口元は、しばらく元へ戻らなかった。




