表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合のいい長女は今日でおしまい  作者: 朝月アサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/14

13 【sideシグヴェルト】竜好きのかくしごと



 レオノーラのまとめた報告書を手に自室に戻ったシグヴェルトは、報告書を机に置いてそのまま寝台に倒れ込んだ。


 ――痛い。


 腹の奥が焼けるように痛む。

 そして実際に内臓が焼けている。


 シグヴェルトは寝台の上で身体を丸め、服の上から腹を押さえた。


 治癒術はすでに受けている。


 損傷したのは内臓を巡る魔力経路で、数日安静にしていれば回復する。命に関わる傷ではない。食事もしばらく消化のよいものに限られるが、それ以外には大きな支障もない。


 問題はない。


 ただ、レオノーラが火山から竜を作り出した際、眷属契約を通して流れ込んできた魔力が、想定より少し多かっただけだ。


 魔術医には詳細を伏せている。よってシグヴェルトの負傷の理由が漏れることもない。


 ――今回の損傷は、以前よりも軽微だった。


 レオノーラと眷属契約を結んだときは、まともに食事も取れなくなった。あのときに比べれば、今回は何もなかったふりができている。


 シグヴェルトはゆっくりと仰向けになった。


 瞼を閉じると、噴き上がる赤い魔力の記憶が思い出される。


 地脈から引き出された炎がレオノーラの周囲を巡り、集まり、鱗となる。頭が生まれ、角が伸び、翼が形を得て。


 最後に金色の目が開いた。


 ――竜だった。

 レオノーラは火山から、新たな竜を作り出した。


「……ふ」


 口元から、わずかに息が漏れた。


 腹が痛い。

 だが、痛みよりも先に笑いが込み上げてくる。


(さすが、私の火竜だ――)


 王宮を焼きかけただけでも充分に期待を超えていたというのに、今度は火山から竜を生み出した。


 シグヴェルトは片手で口元を覆った。


 どうしても頬が緩む。いまならば、誰に見られる心配もない。


「火山から、竜を……」


 声に出してみる。


 ――やはり、素晴らしい。


 シグヴェルトは枕元へ手を伸ばした。そこには、火山から持ち帰った黒い石が置いてある。地脈の熱を吸い、赤い筋が走っている珍しい火山石だ。


 指先から魔力を流すと、石が浮かび上がり、ゆっくりと形を変え始めた。


 丸い頭に、二本の角。短い脚に、小さな翼。


 今日生まれた竜を思い出しながら削っていくと、手のひらほどの模型が完成した。


 寝台の上へ置き、角度を変えて眺める。


 悪くない。

 だが、実物はもう少し頭が丸かった気がする。

 前脚も短く、翼の付け根も違うように見える。足の裏の形も、明日もう一度よく見る必要がある。


 レオノーラに頼めば、抱いているところを近くで見せてくれるだろうか。


 シグヴェルトは完成したばかりの小竜を枕元に並べ、再び腹へ手を置いた。


 契約を通して、レオノーラの魔力の気配が伝わってくる。


 今頃どうしているかと想像すると、また口元が緩んだ。


 ――レオノーラを実際にそばへ置いてみるまで、彼女があれほどかわいいとは知らなかった。


(十八年か――)


 クラウゼン伯爵家に長女が生まれたとき、シグヴェルトは八歳だった。


 黒い髪に暗赤の瞳。火竜の血を色濃く継ぐ娘。

 覚醒すれば、王都一つを焼き払う可能性を持つ存在。


 すでに魔術師としての才を示していたシグヴェルトへ、先王である父は命じた。


『いずれ火竜が目覚めたとき、その炎を鎮められるのはお前かもしれぬ。対象について知っておけ』


 最初に渡された報告書には、生後間もないレオノーラの健康状態と、魔力測定の結果が書かれていた。


 報告書は毎月届き、シグヴェルトはわくわくしながらそれを読んだ。


 いつ目覚めるか。いつ火を噴くのか。いつか飛ぶのか。巨大化するのか。


 ――何年経っても、火の魔力は現れない。


 先王が亡くなったあとも、シグヴェルトは報告書を読むのをやめなかった。


 報告書を読む限りでは、レオノーラはずいぶん我慢強い性格のようだった。


 与えられた仕事をそつなくこなし、妹や弟の面倒をよく見て、王太子妃教育も完璧に行い、何があっても怒りで暴れることもない。


 火竜とは、もっと激しいものだと思っていた。

 炎のように怒り、燃え、周囲を巻き込むものだと思っていた。


 正直なところ、少し期待外れだった。


 だから、ルシアンの婚約者を妹へ替える話が決まったと聞いたとき、シグヴェルトは期待した。


 婚約者を奪われる。彼女にだけは伏せられ、内密に話が進められている。そこまでされても、レオノーラは静かに受け入れるのか。


 泣くのか。怒るのか。それとも、やはり何も言わず、誰かのために働き始めるのか。


 シグヴェルトは、舞踏会の日を楽しみにしていた。


 ――今度こそ、何かが起きるのかもしれないと。


 念のため、離宮には部屋も用意させた。

 彼女の好きな香りも、食べ物も。ドレスの寸法も、すべて報告書を通して把握していた。

 何も起きなければ、部屋を使わなければよい。それだけのことだ。


 ――結果として、部屋は無駄にならなかった。


 王宮の大広間で、十八年間眠り続けていた炎が目覚め、そしてシグヴェルトは内臓を焼かれた。


 ――とても美しい炎で。


 そして火山を御し、小さな竜をも生み出した。

 暗い赤の瞳を、金色に輝かせて。


 随分待たされたが、待った甲斐はあった。


「さすが、私の火竜だ」


 誰もいない寝室で、シグヴェルトは小さく呟いた。

 その口元は、しばらく元へ戻らなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ