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都合のいい長女は今日でおしまい  作者: 朝月アサ


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11/15

11 生まれたもの



 先ほどまで大地を揺らしていた地鳴りは消え、火口から立ち上る噴煙も細くなっている。荒れ狂っていた魔力の流れは穏やかさを取り戻していた。


 ――終わった。


 そう理解した途端、全身から力が抜けた。


「…………っ」


 膝が折れる。


 石の床へ倒れ込むより早く、背後から伸びてきた腕がレオノーラの身体を抱き留めた。


 シグヴェルトの胸元へ背を預ける形になる。


 立ち上がろうとしたが、足にまるで力が入らなかった。指先まで重く、呼吸をするだけで胸が苦しい。


「動くな」


 頭上から落ちてきた声は、いつもと変わらず落ち着いていた。


 シグヴェルトはレオノーラの身体を支えたまま、ゆっくりと床へ座らせる。背中には彼の腕が回されたままだった。


 窓の外には、静けさを取り戻したティレアン火山が見える。


「……御せたのでしょうか」

「ああ」


 レオノーラは目を凝らし、火山内部の魔力を見た。


 火山は完全に力を失ったわけではない。

 地下深くからは、いまも熱と魔力が湧き上がっている。けれど、それは山裾へ穏やかに流れ、街の地下へ張り巡らされた導管へ運ばれていた。


 レオノーラは、長く息を吐いた。


 安堵した途端、張りつめていたものがすべてほどけていく。

 身体を支えているシグヴェルトの腕へ、わずかに体重を預けた。


「よくやった」


 耳元で告げられた言葉に、胸の奥が温かくなる。


「……ありがとうございます」


 レオノーラは小さく笑った。


 シグヴェルトは何も言わず、しばらく窓の外を眺めていた。

 やがて、その視線がゆっくりと下りてくる。

 火山でも、レオノーラの顔でもなく、何故か頭の上を見ていた。


「……何か残ったな」

「はい?」


 レオノーラは顔を上げた。


 だが、シグヴェルトの視線は依然として、レオノーラの頭上へ向けられている。


「何がいるのですか」

「竜だ」

「…………」


 聞き間違いだろうか。それとも冗談か。きっと冗談だ。


 しかし頭上で、何かが動く気配がする。細い爪が髪へ触れ、さらさらと小さな音を立てた。

 恐る恐る手を伸ばそうとした、その時――頭の上にいる何かが、息を吸い込んだ。


 レオノーラの脳裏に、先ほど火山帯を震わせた咆哮が蘇る。

 巨大な竜が口を開き、雲を貫く光を放った光景。


「待ってくださ――」

「きゅ」


 驚くほど小さな声が、頭上から聞こえた。


「…………」

「…………」


 レオノーラは伸ばしかけた手を止めた。


 シグヴェルトも黙っている。


「いまのが、竜の鳴き声ですか?」

「そのようだな」


 先ほどの火山竜とは、あまりにも威厳が違う。


 レオノーラは慎重に頭上へ手を伸ばした。指先へ、温かく滑らかなものが触れる。

 掌ほどの小さな身体。硬い鱗。細い尾。

 けれど、小竜はレオノーラの手から逃げるように髪の間へ潜り込み、そのまま頭の上で丸くなった。


「……どうして、わたくしの頭の上にいるのですか」

「お前が作ったからだろう。懐いているようだ」

「作った覚えはありません!」

「竜の形を与えたのはお前だ」


 火山の力の大部分は、空の果てへ放出した。

 しかし、レオノーラが与えた竜の形だけが、わずかな魔力をまとって残ったらしい。


「――人工魔術生物は聞いたことがあるが……これはどちらかと言えば精霊に近いな。そして、お前を気に入っている」

「他人事のように言わないでください。シグヴェルト様も、この竜を作るのを手伝ったではありませんか」

「制御を補助しただけだ」

「重要な役割だったのでしょう? 見ていないで、下ろしてください」


 シグヴェルトは楽しそうに目を細めるだけで、手を貸そうとはしない。


 レオノーラは再び小竜へ手を伸ばした。


 右へ逃げられる。追いかければ左へ移動し、長い髪の中へ潜り込む。


「……なるほど。確かに重要な役割だった。私がいなければ、この竜は生まれなかった」

「シグヴェルト様!」

「随分と居心地がよいらしい。引き離すのは可哀想だ」

「だからと言って、わたくしの頭は巣ではありません!」


 レオノーラが叫ぶと、小竜が再び鳴いた。


「きゅう」


 随分と愛らしい声で。


「…………」


 レオノーラは自分を落ち着かせ、そっと頭を両手で包み込み――髪の間の竜を包み込み、そっと下ろす。


 両手を開くと、そこに竜がいた。

 炎のような形をした尾。小さな翼。頭には後ろへ反った二本の角がある。


 先ほど空を覆っていた巨大な竜と、同じ姿だった。


 ――そして、随分と愛らしい。


「どうせなら名前を付けてやれ」

「わたくしがですか?」

「私が名付け親になっていいのか?」

「……なんと付けるつもりですか?」


 シグヴェルトは少しだけ考えていた。


「そうだな。私とお前から生まれたのだから、お互いの名前をそれぞれ取って――」

「わたくしが付けます!」


 任せていたらとんでもない名前を付けられかねない。

 レオノーラは必死に頭を動かした。鱗が黒曜石のようだからオブシディアン――いやそれは随分と長い。


 ならば、ティレアン火山から生まれた、小さな竜だから――


「――ティア」

「きゅう!」


 嬉しそうに返事をする。

 名前が決まった瞬間だった。



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