11 生まれたもの
先ほどまで大地を揺らしていた地鳴りは消え、火口から立ち上る噴煙も細くなっている。荒れ狂っていた魔力の流れは穏やかさを取り戻していた。
――終わった。
そう理解した途端、全身から力が抜けた。
「…………っ」
膝が折れる。
石の床へ倒れ込むより早く、背後から伸びてきた腕がレオノーラの身体を抱き留めた。
シグヴェルトの胸元へ背を預ける形になる。
立ち上がろうとしたが、足にまるで力が入らなかった。指先まで重く、呼吸をするだけで胸が苦しい。
「動くな」
頭上から落ちてきた声は、いつもと変わらず落ち着いていた。
シグヴェルトはレオノーラの身体を支えたまま、ゆっくりと床へ座らせる。背中には彼の腕が回されたままだった。
窓の外には、静けさを取り戻したティレアン火山が見える。
「……御せたのでしょうか」
「ああ」
レオノーラは目を凝らし、火山内部の魔力を見た。
火山は完全に力を失ったわけではない。
地下深くからは、いまも熱と魔力が湧き上がっている。けれど、それは山裾へ穏やかに流れ、街の地下へ張り巡らされた導管へ運ばれていた。
レオノーラは、長く息を吐いた。
安堵した途端、張りつめていたものがすべてほどけていく。
身体を支えているシグヴェルトの腕へ、わずかに体重を預けた。
「よくやった」
耳元で告げられた言葉に、胸の奥が温かくなる。
「……ありがとうございます」
レオノーラは小さく笑った。
シグヴェルトは何も言わず、しばらく窓の外を眺めていた。
やがて、その視線がゆっくりと下りてくる。
火山でも、レオノーラの顔でもなく、何故か頭の上を見ていた。
「……何か残ったな」
「はい?」
レオノーラは顔を上げた。
だが、シグヴェルトの視線は依然として、レオノーラの頭上へ向けられている。
「何がいるのですか」
「竜だ」
「…………」
聞き間違いだろうか。それとも冗談か。きっと冗談だ。
しかし頭上で、何かが動く気配がする。細い爪が髪へ触れ、さらさらと小さな音を立てた。
恐る恐る手を伸ばそうとした、その時――頭の上にいる何かが、息を吸い込んだ。
レオノーラの脳裏に、先ほど火山帯を震わせた咆哮が蘇る。
巨大な竜が口を開き、雲を貫く光を放った光景。
「待ってくださ――」
「きゅ」
驚くほど小さな声が、頭上から聞こえた。
「…………」
「…………」
レオノーラは伸ばしかけた手を止めた。
シグヴェルトも黙っている。
「いまのが、竜の鳴き声ですか?」
「そのようだな」
先ほどの火山竜とは、あまりにも威厳が違う。
レオノーラは慎重に頭上へ手を伸ばした。指先へ、温かく滑らかなものが触れる。
掌ほどの小さな身体。硬い鱗。細い尾。
けれど、小竜はレオノーラの手から逃げるように髪の間へ潜り込み、そのまま頭の上で丸くなった。
「……どうして、わたくしの頭の上にいるのですか」
「お前が作ったからだろう。懐いているようだ」
「作った覚えはありません!」
「竜の形を与えたのはお前だ」
火山の力の大部分は、空の果てへ放出した。
しかし、レオノーラが与えた竜の形だけが、わずかな魔力をまとって残ったらしい。
「――人工魔術生物は聞いたことがあるが……これはどちらかと言えば精霊に近いな。そして、お前を気に入っている」
「他人事のように言わないでください。シグヴェルト様も、この竜を作るのを手伝ったではありませんか」
「制御を補助しただけだ」
「重要な役割だったのでしょう? 見ていないで、下ろしてください」
シグヴェルトは楽しそうに目を細めるだけで、手を貸そうとはしない。
レオノーラは再び小竜へ手を伸ばした。
右へ逃げられる。追いかければ左へ移動し、長い髪の中へ潜り込む。
「……なるほど。確かに重要な役割だった。私がいなければ、この竜は生まれなかった」
「シグヴェルト様!」
「随分と居心地がよいらしい。引き離すのは可哀想だ」
「だからと言って、わたくしの頭は巣ではありません!」
レオノーラが叫ぶと、小竜が再び鳴いた。
「きゅう」
随分と愛らしい声で。
「…………」
レオノーラは自分を落ち着かせ、そっと頭を両手で包み込み――髪の間の竜を包み込み、そっと下ろす。
両手を開くと、そこに竜がいた。
炎のような形をした尾。小さな翼。頭には後ろへ反った二本の角がある。
先ほど空を覆っていた巨大な竜と、同じ姿だった。
――そして、随分と愛らしい。
「どうせなら名前を付けてやれ」
「わたくしがですか?」
「私が名付け親になっていいのか?」
「……なんと付けるつもりですか?」
シグヴェルトは少しだけ考えていた。
「そうだな。私とお前から生まれたのだから、お互いの名前をそれぞれ取って――」
「わたくしが付けます!」
任せていたらとんでもない名前を付けられかねない。
レオノーラは必死に頭を動かした。鱗が黒曜石のようだからオブシディアン――いやそれは随分と長い。
ならば、ティレアン火山から生まれた、小さな竜だから――
「――ティア」
「きゅう!」
嬉しそうに返事をする。
名前が決まった瞬間だった。




