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都合のいい長女は今日でおしまい  作者: 朝月アサ


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10/18

10 火山を御する



「火山は人の手でどうにかできるものではありません!!」


 思わず叫ぶ。無茶ぶりにしても限度がある。


「お前ならできる」


 シグヴェルトはまっすぐな眼差しで言い切った。


「力の流れが見える。流れを動かすことができる。封印具を解いた時と同じだ。そう――書類整理とでも思えばいい」

「あなたは何を言っているのですか!?」


 書類と火山が同じ重要度なわけがない。書類は失敗しても即死はしないが、火山は違う。


「お前が無理なら私が封印する。だが、地熱に依存している麓の街は衰退するだろうな。そして、数年後には再び同じ問題が起こる」

「…………」

「レオノーラ、お前ならどうする?」


 ――レオノーラは考えてみた。

 できるかどうかは、いまは問題ではない。


 どうすれば、噴火直前の膨大な火山エネルギーを処理できるか。


 火口を無理やり押さえつけて力の出口を封じれば、別の場所から噴き出す恐れがある。

 つまり、安全な形で外に逃がす必要がある。


 ――でも、どこへ?


 海?――遠すぎる。一帯の地図は頭に入っているが、溶岩を海まで誘導するとしても、かなりの距離がある。その道中にあるものは全滅すると思っていい。


 その時、シグヴェルトが軽く杖を振った。


 刹那、レオノーラの手の甲の眷属紋が変化する。


 翼を広げた竜を、黒い輪が取り囲むような紋章――その黒環が開き、竜が赤く染まる。

 それと同時に、いままでよりもくっきりと魔力の流れが見えた。火山内部をめぐる膨大なエネルギーが、鮮明に。


 地下深くから次々と熱と魔力が湧き上がり、狭い火口へ殺到している。

 もはや一刻の猶予もない。


 ――どこか。どこかにないのか。これだけのエネルギーを受け止められる場所――


 その時、胸元で、何かが熱を帯びた。


 それは、胸ポケットに差していたペン――シグヴェルトから贈られた、黒い軸に銀の装飾が施されたペンだった。

 手に取ると、軸に刻まれた術式が淡く光り、銀色のペン先に赤い魔力が灯る。


「それを使え。お前の魔力を通しやすくする」

「これはペンでは?」

「杖としても使える。私も時々使っていた」


 手にしたペンからはシグヴェルトの魔力が伝わってきた。眷属紋と呼応し、レオノーラの力が外へ流れるための道を作っている。


 レオノーラはペンを握ったまま、顔を上げた。


 ――空。


 空の果てには、虚空があるという。

 雲も風も届かない、星々のある場所。


 ――そこに向けて、エネルギーを放出すれば――……


「――空へ、飛ばします。真上に」


 レオノーラが口にした荒唐無稽な言葉に、シグヴェルトの口元に笑みが浮かんだ。

 彼は無理だとは言わない。むしろ目が輝いている。


 レオノーラはペン先を火山へ向けた。


 火山内部の流れ――力強く、生命力にあふれ、暴れる線。その一つへペン先を触れさせるように意識し、流れを整える。


 本当なら届くはずもない距離。

 触れることのできない場所。


 それでも、確かに手応えがあった。

 ペンを動かすたび、空中へ赤い光の軌跡が描かれる。


(――これが、魔術師――)


 荒れ狂う激流をなだめるように。

 時に強引に、時に丁寧に。


 ただ、数が膨大すぎる。

 何度もほどけ、別の方向へ飛び出そうとする。そのたび、シグヴェルトの魔術が壁となって立ちはだかり、逸れた流れを内側へ押し戻した。


「レオノーラ、お前は何が好きだ?」


 ――こんな状態で世間話か。


 答える余裕なんてないレオノーラとは正反対に、シグヴェルトは笑っていた。


「私は竜が好きだ。大きく、力強く、火を吐く」


 ――だから何だというのだ。


 文句を叫びたくなったが、ふと閃く。


 この膨大なエネルギー、制御がしづらいのは形がないからではないか。

 溢れる水を受け止めるには、器が必要だ。


 ――器。


 火山ほどの力を抱え、空へ駆けあがるもの。

 咆哮を上げ、火を吐くもの。


 ――竜。


 思い浮かんだのは、幼い弟が愛読している絵本。火山に住む竜を、王子が倒しにいく英雄譚。


「……竜」


 レオノーラは、ペン先で空中に竜の形を描く。弟にせがまれて竜の絵を描いた時のように。


 まず頭部。長い首、胴体、翼、長い尾。

 火山内部で渦巻いていた無数の魔力が、一つの巨大な竜の形へ組み上がっていく。


 形を思い描いた途端、それまで何度もほどけていた流れが、嘘のようにまとまり始めた。


 炎は鱗に、地熱は骨格に。噴き上がる蒸気が翼を形作り、火口へ集まった力が竜の喉へ収束する。

 火山灰も、黒曜石も、溶岩も、ガスも。火山のすべての要素を使って、一匹の竜を作り出す。


 ――そして、火口から巨大な竜の頭が姿を現す。


 赤く輝く巨大な竜――生きた竜ではない。火山の熱と物質を、魔術で一つの姿へまとめた火山竜だ。


「――ああ、素晴らしいな」


 シグヴェルトが黒杖を構えたまま、感嘆の声を上げる。


 竜はゆっくりと火口から身体を引き抜き、翼を広げ、空を赤く染め。


 その口を、空に向けて開いた。


 竜が首を上げる。雲を越え、その先にある暗い天へ向けて。


 ――その時、小さな恐怖が生まれた。

 本当に、これでいいのか。何か間違ってはいないか。失敗すれば、何もかもを壊してしまうのではないか。


 レオノーラの迷いに呼応するかのように、竜の輪郭が崩れ、火花が山裾に降り始める。


 刹那、シグヴェルトがレオノーラの手の甲に触れた。


「私を信じろ。お前ならできる」


 ――ああ。本当に、この人は。


 いつだって、とんでもないことを当然のように言って、当然のように実現する。

 世界最強の魔術師が、自分を信じてくれている。


 レオノーラはペンを握り直し、竜を見据えた。


「――空へ」


 竜が翼を広げる。火山帯全体を震わせる咆哮が響く。

 それと共に、竜の口から赤白い光の柱が放たれる。


 ――空へ。


 光は雲を貫き、青空を突き抜けた。

 火山内部に溜まっていた熱と魔力が、光の奔流となって次々と放出される。


 地面の震えが、少しずつ弱くなる。

 黒い噴煙が、弱まっていく。


 火口へ集中していた魔力が減り、山裾を巡る地脈が本来の穏やかな流れへ戻っていく。


 最後のエネルギーを吐き出すと、巨大な竜は空を仰いだまま、炎の粒となって崩れ始める。

 赤い光が、雪のように火山の上へ降り、地面に触れる前に消え――


 レオノーラの手に握られたペンからも光が消え、筆記具へと戻った時。


 ティレアン火山は静まった。




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