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背中から主張する激痛。
粉々に砕けた槍程ではないにしろ、傷は骨にもあるのかネズの全身が慮外の一言を放った魔女への思考を邪魔する。
(骨が折れても、自分じゃぁどんな風になってるか......分からないもんだな......)
ボヤけた視界だけは回復し、ネズの視線だけが魔女と対峙した。
討伐隊を羽虫の様に捻っている時、返り血すら浴びなかった魔女は死体を使った目くらましの所為で白髪や肌は赤く汚れている。
「あの時の治療した少年が、ここまで育つとは思いませんでしたね。義眼もアソコまで使いこなす様になったのも驚嘆の一言では表せません」
「俺...ま、お前のこと......知らん」
「ええ、知らな——いえ、知らないと言うよりかは、憶えていない方が自然ですか。貴方にその眼を埋め込んだのは私なんですよ」
ネズの記憶に自分が刻まれていなかったことに少し、ほんの少しだけ悲しそうな顔をする魔女。
埋め込まれた時の記憶が曖昧で、確かめようもない義眼の経緯が——自分が殺そうとし、殺されかけた魔女こそが埋め込んだ張本人だと言われ、全身の痛みすらも忘れるネズ。
沈黙は数秒か数分か。
先に動いたのは魔女だった。
「動かないでください。今その傷を治しますので」
未だに視線と口くらいしか動かせれないネズには、治療を謳う魔女を拒むことは不可能なので諦め、観念した表情で魔女を受け入れる。
(正体不明の右目のルーツがまさか魔女だったとは......)
魔女喰いとして——ネズが魔女を最も殺せる存在として傭兵たちから噂される要因となった右目。
視点を合わせれば魔術は霧散し、それが無くても魔術の先読みを可能とする義眼。
「癒やす時、色はこんな感じなのか」
人を害する魔術しか見たことないネズの視界には、安らぐ色に包まれる自分の体が映る。
淡く、純粋で力強さを感じる緑色。
「——これで最低限、立って歩ける程度には回復したかと......大丈夫そうですか?」
魔女に言われ、指先から始まり、肩などの間接部位、脹脛などの主だった筋肉の状態を確認し始める。
今から全力の全開で戦うまでは無理だが、それ以外なら問題なく行えそうな程には全身を染めた激痛は消え去っていた。
ネズは立ち上がると、先の戦闘で壊れた装備を全て周囲へと捨てる。それにより幾分か軽くなり、気も楽になった頃合いで膝を立てていた魔女は安心した表情で再び立った。
「俺はこうやって、昔にも魔女——いや、貴女に治療を受けたことがあるのか?」
「はい。貴方が初めて戦場に立ち、傭兵の世界に足を踏み入れた時です」
「初陣の時......」
十になるか、ならないか。
相場から見てもやや早い位の歳でネズは武器を持ち、戦場に立ち入った。その時の記憶は曖昧で、降り注ぐ矢雨なのか流れ矢なのかを理解する前に初陣で気が昂っていたネズの右目を失い、矢に塗られた毒で生死の境を彷徨ったと師に告げられただけ。
「俺が覚えているのは全部人から聞いた話だ。師匠も老衰で数年前に死んだ今、あの時の事を最も知っているのはこの義眼を埋め込んだ奴だけ。まさか魔女のしわ......お陰で助かった命とは夢にも見なかったよ」
「同じですね。私を殺そうとする人間たちの中に、貴方がいるとは夢にも思わなかったので途中で気づいた時は驚きました」
先ほどまで相手の息の根を止める為だけに、刃と術を交わしあったとは思えない空気。周囲が死体に溢れてなければ、微笑ましさすら感じさせる空気に、耐えれずネズは魔術で倒れた大木へと座りに向かった。
「あー、魔女...としか知らないんだが、貴女は何て呼べばいいんだ?」
命の恩人にして、副作用こそあるが便利極まりない義眼をくれた相手だと分かった今、礼儀を知らないネズでも殺す相手として呼ぶのが無礼なのは分かる。
名を聞かれた魔女は少し気まずそうに——恥ずかしそうに——嬉しそうに自身の名前を口にした。
「マシロです。この真っ白い髪の通りの名前です」
「そうか。そっちは覚えてるかもしれないが、俺は浅葱鼠だ。ネズって呼んでくれ」
「ネズ君。お互い、紹介し終えた所で今後のお話をしましょう」
そう言って指を奏でるように動かすと、マシロとネズの隣に土で出来た簡易の椅子が作られる。
そこに座る様に促され、ネズは腰を落ち着かせた。土製にしては上等な座り心地に感心しつつ、丁寧な所作で座るマシロの開口を待った。
「今後——と言いましたが、そこまで特別なお話をする訳ではないです。殆どネズ君が中心のお話なので」
「俺が中心なのか?」
「ええ。私の討伐で得る予定だった報酬と、壊れちゃった武器の補填とかですね。どうしましょう?」
(どうしましょう......って......)
討伐隊を率いていた貴族は最初に死んでしまい、何人いるかも分からない逃亡者たちは残念なことに、ネズがマシロと戦っている姿を見ていない。
つまりは、魔女喰いとしての知名度があろうと、それで過大に信用されていようと、魔女という確実な物証を出せないままマシロを貴族の身内に渡したところで、報酬がネズの懐に入る保証は無いのだ。
(無報酬かつ労いの言葉で済むなら、一考の余地はあるだろうが)
どう楽観的に考えても、碌な結末しかネズには用意されていないのは明白。
「マシロが最初に殺した奴が今回の依頼主でな。俺が孤軍奮闘で戦った証人もいないから、このままどこかに飛ぶつもりだ」
「なるほど......ではネズ君は明日どころか、今日の夜の当ても無いってことになりますよね——無いんですよね??」
「あ、ああ。今回参加したのも、金欠が理由だからな。宿どころか食事の用意すら出来ない」
周辺に転がっている傭兵や近衛兵から色々もらい受けるという選択肢に、ネズは忌避感を抱くことは一切ない。
だが。
しかし、近場に転がる皆々の損壊具合は、ネズに今日の食い扶持すらかき集める気力すら湧かせないものだったのだ。
「こっからどう凌ぐか」
「それなら——」
それなら、とマシロは立ち上がると同時にネズの手を掴む。
完全に気を抜いていたのもあり、驚きのまま無抵抗に手を掴まれたネズにマシロは明るく告げた。
「私と一緒に異大陸に行ってみませんか!!」
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