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異大陸。
ネズやマシロが生きる土地からは北西と北東に位置する大陸。
過剰にも思える装備をした旅団でも死を覚悟して渡る砂漠と、造船技術の未発達さで自殺志願者しか渡ろうとしない海の先にあり、マシロを討伐する隊が組まれる直前——漸く複雑怪奇で広大な海に耐えうる船が造られた。
「って噂は聞いていたが......どっちの事を言っているんだ?」
討伐隊が来た道とは別方向へと、二人は歩んでいた。マシロが日用品を買いに向かう街を目的地にした、静かな旅に耐えれなくなったネズが己の知っている異大陸を話題に出す。
旅路が開拓された砂漠の先。
一回目の航海故に、全てが未知数の海の先。
マシロの提案した異大陸がどちらの事なのか、ネズには分からなかった。直感だけで推測するなら、砂漠の方だろうとネズは睨むが......。
「海ですね。砂漠超えの西には少数とはいえ...こっちの関係者がいるかもしれませんから」
「......」
殺す気で刃を向けたネズには何も言えない動機だが、マシロの沈んだ黒い瞳が一段と深くなったのだけは分かった。
「あー、つい最近になって、渡れそうな船が出来た噂が流れただけで俺には詳細が分からない。今向かっている街に情報屋がいれば良いんだが...」
「情報屋ですか? 私には縁遠い職業ですから、あの街にその方がいるのか分かりませんね。そこそ
こ大きい街なので多分いらっしゃると思いますけど」
(いなかった時、どちらを行くにせよその情報をどう仕入れるか)
険しい顔をしてるネズに、何を心配したのかマシロは明るい顔で一つ提案をうちあげる。
「ネズ君、右目を閉じてください。今から魔術で乗り物を作りますので、消されると困ります」
「ん? 分かっ...た?」
雑布は既に散った為に、ネズは手で右目を覆う。
それを確認すると、マシロは周囲にある木を骨格に、土を筋肉にして生き物らしき不気味な四足の獣を作り出した。
護衛依頼で一度だけ見る機会があった演奏の指揮者に、マシロの動きが似ていると思ったネズは意味もなげに口を開く。
「これも、魔術なのか」
「ええ。これ以上大きいのを作るのは難しいですけど、私たち二人程度なら難なく乗せれますよ。ちなみに犬です!」
(犬......)
犬と言われても、不格好な猪にしか見えない造形に何か言いたげなネズを気にせず、乗りやすい様に小さな足場を土で出来た犬の横に出した。
「さあ、これであっという間に着きますよ! お疲れになっているのに気づかず、歩かせてすみません」
「いや、気にされる程に疲れている訳では......ん、世話になる」
「どうぞどうぞ」
二人が跨るのを待ってから、土の犬はやる気を出したとでも言いたげな身ぶるいを起こして走り出す。
(思っていたよりか、いい乗り心地だ)
「かっ飛ばしますよ~!!」
いい乗り心地が最悪に至るまでに左程の時間も要しなかった。
○○○
「——少し酔った」
目を瞑るだけで問題なかった所を、手で右目を丁寧に覆った先刻の己を恨めしく思いながら木陰で体を休めているネズ。
申し訳なさそうな顔で、土の犬を元の土くれへと戻し終えるたマシロは手を不可思議に動かして空中に水の玉を生み出す。
「良ければこれを飲んでください。空気中の水分を、魔術で集めましたから、きれいなお水ですよ」
「便利なものだな、魔術というのは」
一口サイズの空を漂う水。
器など、代わりになるものすらないのもあって噛む様にして、ネズは水を飲んだ。
「移動に、水の生成......長旅をするには重宝する能力ばかりだ」
「言われる程に万能というわけではないですよ。人の力で行う作業を幾つかスキップしたり、自然現象を縮小して再現する程度の力ですから。ご気分はよくなりましたか?」
「飲み水、助かった。もう街に入っても平気だ」
本当を言えば、義眼を使った反動による頭痛が残っているが慣れた痛みに今更誰かに申告することはないとネズは判断した。
「自然現象。あれを小さく再現してると言ったが、厳密にはどの程度までいけるんだ? 見たことある魔女だと津波は起こしたが」
「私には津波は無理ですね。ネズ君には魔術の燃料となる魔力がありませんから、感覚的な答えで申し訳ありません」
マシロは指を綺麗に立て、その先に先ほどよりも小さい水の玉や土、竜巻の様な風の渦を生み出す。戦った時ほどの圧を感じない規模でも魔術。ネズは右目を閉じて、マシロの説明を受けた。
「私は他の方のを見たことがないんですが、魔力には得意とする属性があるみたいでして、相性がいいとこの程度のなら片手間、ハッキリと魔術と呼べるレベルなら一息に出来ます」
「そうなるとマシロは水と土と風が得意と——俺に使った......あの術は何になるんだ?」
「あれは治癒です。細かい理論は私もよく分かりませんが、水の魔術に慣れた頃使えるようになりました」
「理屈は分からないのか......」
そんなもので治されたという事実。苦い顔をするネズに気づくことなく、マシロの口調が楽し気になる。
「独学の魔術ですからね。騎士団とかを潰す魔術は幾らでも練習できましたが、治療やネズ君と戦った時みたいな小技の魔術は機会が少ないので......なので、まだ体が重かったりしたら遠慮なく言って下さいね! すぐに治しますから!!」
「体は大丈夫だが......この眼は、治療魔術の影響なのか?」
義眼。
魔術を散らすことの出来る力を持つそれが、どんな理屈で動いているかネズには分からない。分からないなりに、使い方などは把握している為、今も抱える頭痛が無ければ遠慮なしで使えるのにと偶に思っている。
「それは礼装と呼ばれています。大昔に知り合いから譲られたのですが、私は使いどころが無くて持て余していました。ネズ君の怪我を治す時に偶然持っていたのはラッキーでしたよ」
「これは一体どういう物なんだ? 魔術を散らすのだけは分かるんだが、それ以外に出来ることはあるのか?」
「私の様に魔術を扱える人間が埋め込めば、視界に収めた魔術を形作る魔力——それを持ち主に還元することが出来ますね。魔力が無い人には散らすのが精々......ん?」
マシロは何かに気づいたのか、それとも気付かずにいた違和感を感じたのか。
視線を落とし、思案顔で足を止めた。
「どうした?」
数歩だけ追い越したネズが振り返る。
会話をして気を紛らわせた頭痛の主張がハッキリし始めた。
「ネズ君。何かその義眼で、私に言ってない事ありますか?」
「言ってない以前に知らない事だらけなんだが......」
「義眼を使った後に——毎回、何か起きてますよね。頭痛とか」
「......」
「正直に言って下さい」
観念したネズは両手を上げ、降参の意思を示した。
「ああ。使い終わった後、頭痛が...ある。今も——傷んでる」
「街に着いたらネズ君の体を改めて診ますからね!!」
拒否の一つも許さない圧に、下手な真剣での斬り合いよりも背筋が凍る感覚をネズに与えた。
(もしも姉や母がいれば、きっと......)
間もなくたどり着く街の門から、賑やかな人の気配が二人を出迎えようとしていた。




