東京物語 ~視聴後の余韻~
視聴覚室の明かりがともる。大関先生と富田先輩が暗幕を開く。日は高くなり、時間はお昼に近い。
大関先生が機材の電源を切り、視聴覚準備室に戻っていく。
美幸さんは……。うん、寝てるね。どうやって起こそうか少し考える。
肩をゆするのが一番確実だろうが、彼女の体にさわる勇気はないぞ。
そうやって逡巡していると、彼女があくびをしながら目を覚ました。
口に指を突っ込んでやろうか。もちろんできないけど。
「う~ん。」
座ったまま伸びをして、周りを見回す。私と目が合った。顔にまずい、と書いてある。
表情豊かでいいね。
「あはは~。寝ちゃった……。途中までは起きてたんだけど……。」
「しょうがないよ、退屈な映画だったし。大関先生も単調な映画だ、って言っていたしね。」
「うん……。まぁ……。」
なんだろう、歯切れ悪いな。と思っていると、ハンカチを持って口の周りを拭いている?ああ、よだれが垂れてないか心配だったんだね。大丈夫、見てないから。
映画を見ているときは、単調な白黒の映像に引き込まれていたせいか感じなかったが、見終わった後に改めて思い返すと、結構ドロドロした作品だよね。
私たちも視聴覚準備室に戻る。
美幸さんがコーヒーを淹れる準備を始める。
大関先生と富田先輩は、窓辺で二人して何かごにょごにょ言ってるな。うん、理解できない言語だ、宇宙語だな。
しばらくすると、コーヒーの芳醇な香りが室内に漂い始める。
宇宙人二人は宇宙語を話すことに満足したのか、コーヒーを貰いに窓辺からこちらにやってくる。
「寺塚、どうだった?寝ずに見られたか?」
「はい、昔の瀬戸内や東京の情景、家族の絆……絆で良いのかな。希薄な感じがすごくしましたけど。その辺が描かれた映画だと思いました。」
「あと、穏やかな言葉の隠された、その、家族の冷たさというのでしょうか?それを違和感として感じました。それから、昔の白黒映画、あんなに綺麗なんですね。色が無いから、余計に綺麗に感じたんでしょうか。」
大関先生はニッコリと笑う。そして、富田先輩が駆け寄ってきて僕の両手をつかみ、ぶんぶん振ってきた。
「すごい……!すごいよてらくん!映像の引き算の美学に初見で気づくだなんて、君はやっぱり本物のシネフィルだ!」
いえ、僕は作家志望です。映画オタクではありません。それから手を握らないでください。顔が赤くなっていまいます。あ、近い、近いですよ富田先輩、いい匂いがしますって。それから、そんなにブンブン手を振れられると、どこかの関節が外れてしまいそうです。
脳がパニックを起こし、なんか変な文字で埋め尽くされた。
「はいはい、その辺でかんべんしてあげなよ。」
コーヒーを淹れたカップを持った美幸さんが助けてくれた。そして唇でフーフーをして私にコーヒーを渡してくる。あれ?デジャブ?今朝と同じ動作だな。美幸さんの癖なのかな?聞かないけど。
「よーし、では、あらすじから考えてみようか。と言いたいところだが。……部活の申請は午前中のみになっているんだ。みんなもお昼ご飯は持ってきていないだろう?だから、本日はこれで解散だ。その前に寺塚、君の個人の連絡先を教えてくれないか?ご家族の連絡先は学校で把握してるのだが、部活の連絡で使うかもしれない。」
「わかりました。」
「空電話と空メールを送る。で良いかな?」
「あ、QRコードの読み取りで大丈夫ですよ。」
スマホを取り出し、このまえ見つけた、住所、氏名、電話番号、メールアドレスをQRコードに変換するアプリを起動する。初めて使うよ、このアプリ。
「これを読み取ってください。連絡先に僕の住所とか電話番号が登録されますよ。」
「どれ。ピッとな……。おお、登録された。すごいな……。LIMEとかはやっているかい?映画研究会のLIMEグループがあるんだ。QRコードを表示してくれ……。よし、できた。ありがとうな。」
「てらくん、てっらくん、あたしもー。」
同じようにピッとする。
「わーい、ありがとー。」
喜んでもらえて光栄です。
「てらくん、私も登録させてもらえますか?」
後ろを振り返ると、富田部長が口元をスマホでかくして、上目遣いで私を見ている。
「もちろんいいですよ。」
「ありがとう!」
満面の笑みを浮かべてお礼を言ってくる。やめてください、勘違いしそうです。
「よーし、忘れ物はないな。撤収するぞ。寺塚はあらすじと感想を頼む。美幸も書け。読書感想文の書き方は、昔教えただろう?」
「えー、あたしも書くのー?」
「一人だけでは不公平だ。それに寺塚とは違う気づきがあるかもしれない。書いてくれるな?」
「…はーい…。」
美幸さんも書いてくれるようだ。
さて、家に帰って構想を練らなくてはな。
つづく




