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興奮と恐怖

大人の本音を垣間見た。


私は入部を決めたものの、自分の文章が多くの人の目に触れるかもしれない興奮と恐怖を感じ始めていた。

『人間の世の、幻の、夢の、そのまた夢の、ほんのまた、一睡の間のことではございませぬか。』

どこからか、芝居がかった声が聞こえる。


美幸さんの入れてくれたコーヒーのカップを置いた机の上に、小さなイマジナリー泉鏡花先生が現れた。

着崩した着物を羽織り、机をハンカチで神経質そうに払う仕草をした後、気風の良い声が降ってきた。


『さあ、およしなさい、俯くのは。机をきれいに拭いて、背筋を伸ばしなさい。あなたのその若い筆には、何にも染まっていない、あなただけの、恐ろしいほどの力が宿っている。まずは、あなたの頭の中にある最初の景色を、ただ一行、紙に叩きつけてごらんなさい。そこから、あなただけの幻視の幕が開くのです。』


「いやいや、先生。若い筆っていうのは、語彙が少ないとか、文章表現がつたないって意味ではないですか?それはとても怖い事ですよ。」


先生は、これだから現実主義者は……というふうに、ふいっと顔を背け、コーヒーの香りを嗅いでいる。

『……ふむ。このこおひいという泥水のような南蛮の飲み物も、なかなか清らかな香りがする。さあ、冷めぬうちに、その恐怖とやらを、まず一行!』

そう言いながら、泉鏡花先生はカップの影に消えて行った。


「富田、寺塚にはどこまで説明している?」

「はい、先生。まず、映画に触れる機会の少ない中高生に、おすすめの映画を紹介する。その映画のあらすじや感想を書き、それを配布する。……ただ、われわれの文章では、よくわからない文章になってしまう。だからてらくんの力を欲している、という説明をしています。」

あ、先生は私のあだ名のところは聞き流したみたいだな。美幸さんの言動になれているんだろうな。


「というわけだ。作家志望のいい経験になるだろう。頼めるかな?」


大関先生は強制はしないようだ。私は自分の文章が認められるかもしれないという秘かな興奮と、拒絶されるかもしれないという恐怖を感じている。

だが、頼まれればやるしかないだろう?まずは一歩を踏み出すのだ。


「わかりました。いつまでに完成させればいいのでしょうか?」

「10月に学園祭がある。土曜日と日曜日の2日間、学園を解放する。わが校に進学を希望する中学生や親御さん、他校の生徒が訪れるんだが、その際に映画紹介という形で君の文章を配布するんだ。」

「1本の映画を題材にするんですか?それとも複数の映画の紹介をするんですか?」

心の中で思う。1本ということはないだろう。5本か?10本か?それ以上だと難しいぞ。


「5本で行こう。映画を見て、あらすじと感想を書いていく。それを配布する。できそうか?」

「大丈夫だと思います。先生は添削をしてくれるんですか?」

「いや、基本的には誤字脱字以外のチェックはしない。寺塚の文章がそのまま配布されるんだ。私や富田が文章に手を加えると、美幸の言う宇宙語になってしまう。」

先生も自覚しているんだな。私は心の中で苦笑した。


「よし、では紹介する映画の選定を行う。選定は私と富田でやる。君たちも、見てみたいと思う映画があれば希望を出してくれ。」

映画、あまり見たことないな。ジブリとかはテレビで見たけど。そもそも、最後に映画館に行ったのはいつだったか、全く思い出せない。


「はーい、せんせー。アニメとかでもいいんですか?」

美幸さんが元気に質問をした。美幸さん、アニメ見るんだね。あまり派手な格好はしていないけど、口語がThe女子高生な雰囲気があるから、ちょっと意外だ。いや、いかん。これは偏見だな。


「アニメはアニメーション研究会のテリトリーになるだろう。われわれは実写の映画にこだわろう。こだわりは大切だと思うよ?」


「先生、映画は邦画に絞りますか? それともハリウッドやヌーヴェルヴァーグまでターゲットにしますか!? アクションならインディーズの泥臭いワンカット長回しが良いです!でも暴力描写は避けた方がいいですよね!? 中高生に向けた映画の紹介だから、ホラーのゴア表現は避けるべきで、そうなるとヒューマンドラマか、いやしかしそれだと――。」


富田先輩のスイッチが入ったようだ。目を輝かせ、両手を握り、胸の前で腕を上下に振りながら矢継ぎ早に先生に質問をしている。うん、富田先輩が何を言っているのか全く理解できない。


「あー、わかったわかった、わかったから。少し落ちつこう?ね?」

大関先生があきれたように、やさしく富田先輩を落ち着かせる。美幸さんは僕の隣でニコニコしている。二人ともなんか慣れているみたいだな。映画の話でスイッチが入ると、富田先輩はこんな感じになるのか。でも、大関先生は冷静だな。これが大人の余裕というものなのか……。


つづく



作中に登場する文豪の先生方、映画監督は、最大のリスペクトを込めて、本作オリジナルのフィクションキャラクターとして登場させていただいております。実在の人物の思想や名誉を毀損する意図は一切ございません。一読者としての愛を込めたパロディとして、温かい目でお楽しみいただけますと幸いです。

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