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映画への誘い1

映画研究会の部室の扉を開くと暗幕だった。


「シネマクラブへようこそ!」


女子のような、しかし凛とした富田先輩(らしき人)の声が響く。暗幕のせいで顔は見えないけど。


『まことに小さな国が、開花期を迎えようとしている。』

途方に暮れていると、どこからかイマジナリー司馬遼太郎先生が重厚な語り口でつぶやいた。


わずか一文で、これから始まる巨大な物語のすべてを凝縮し、読者を一瞬で引き込む圧倒的な要約力。文章の達人とは、まさにこういう導入ができる人のことを言うのだろう。


ひるがえって私はどうか。開花期どころか、最初の一歩を踏み出すことすらできず、暗幕の前でたたずみ、ただ途方に暮れている。


小さなイマジナリー司馬遼太郎先生が、暗幕の前に姿を現し眼鏡の奥の目を細め、かすかに微笑みながら語りだす。


『人間というのは妙な生き物でね。一人で悩んでいると、自分が世界のすべてのように思えてくる。でもね、ちょっと視線を上げてごらん。今歩いているその道は、かつて織田信長が、坂本龍馬が、あるいは名もなき足軽が、それぞれの志を持って駆け抜けた道なんだ。』


『悩むのは君に志があるからだ。さあ、そんなところで立ち止まっていないで、馬を走らせようじゃないか。国を、時代を、君自身を、もっと高いところから俯瞰して見てごらん。面白い景色が見えてくるはずだよ。』

「いや、先生、ここ校内ですから。馬はいませんし、部室に入るのに志はいらないと思いますよ?」


私の冷静な指摘に、先生は『やれやれ』と肩をすくめて、愛用の万年筆のインクのようにすっと暗幕の闇に消えていった。

司馬先生のおかげで少し勇気が出た――なんてことは全くなく、私の前には相変わらず『女子っぽい声を出す富田先輩(男?)』潜む暗幕が垂れ下がっている。


「はいはーい、失礼しますよー。」

美幸さんが暗幕をめくって中に入っていく。私も恐る恐る部室の中に足を踏み入れる。


「シネマクラブへようこそ!君を待っていた……。えーと、だれ君だっけ?」

「てらくんだよ。」

「仕切り直しだ。シネマクラブへようこそ!てらくん君、我々は君を一日千秋の思いで待っていた!」

いや、てらくん君って。それに、まだ入学して数日しか経っていませんよ。千秋どころか数日ですよ。


堪らずに、私は声をあげた。

「僕は寺塚です。寺塚幸雄です。てらくんは美幸さんが付けてくれたあだ名です。」

「ゆきゆき、なぜ事前に正確な身元を報告しないの? 映画のオープニングでキャストのクレジットを間違えるような致命的なミスよ。恥をかいたじゃない。」


「最初に名前を聞かないやすちゃんが悪いよ。それに自己紹介、まだしていないでしょ。」


「いや、まぁ、その通りなんだけど……。なんだ、私がシネマクラブの部長、富田康希です。」


ええ、高校2年生?顧問じゃないの? それにしても声が高いな・・・。

女子みたいだ。いや、女子だな。女子の制服を着ている。

「趣味は映画鑑賞、映画評論・・・」


この人もマシンガントークの使い手だ。しかも身振り手振りが無駄に大きい。そもそも映画研究会じゃないの?シネマクラブってどこから来たの?

あれ?よくわからないぞ?


自己紹介は続く。

「・・・あの長回しは素晴らしい、特にカメラを16㎜に持ち替えて・・・」

だめだ、何言っているのか全く分からない。美幸さんへ顔を向けると目が合ってしまった。


彼女はにっこりと笑うと、部屋の奥へ歩いて行き、窓の暗幕を開いた。

春の穏やかな日差しが部室へと届く。暗闇だった部屋の底が、一瞬で白く、鮮やかに塗り替えられていく。


「ぬわー!何をやっているの。まだ自己紹介の途中よ!」

そんな言葉に美幸さんは動じることなく、プロジェクターの電源も切った。

「はいはい、宇宙語で自己紹介されても、てらくんが困るだけでしょ。それよりもおねーちゃんはまだきてないの?」

お姉ちゃん?誰の事だろう?


「せっかく活動写真の同志が来たと思ったのに。まぁ、自己紹介で時間を浪費するわけにもいかないか。大関先生は職員会議で遅れるとのこと。寺塚君の自己紹介は――」


「てらくん」

美幸さんが話を遮る。

「「はい?」」

私と富田先輩の返事が重なる。


「だからてらくん」

「なに?」

私は答えた。なんだろう?


「いや、だからてらくんだってば。」

あー、理解した。美幸さんは寺塚君ではなく、てらくんと呼ばせたいらしい。富田先輩も合点が行ったようだ。この押しに逆らうのは時間の無駄だと、イトコの洞察力?で察したのだろう。


「寺塚君、てらくんと呼んだ方が良い?」

「どちらでもいいですよ。ただ、寺塚君と呼ぶたびに、美幸さんの訂正が入りそうですが。」

「では、てらくんと呼ぼう。てらくんの自己紹介は、顧問である大関先生が来てからにしよう。そのあとに、てらくんに頼みたい仕事を説明しよう。」


仕事ときたか。カツアゲではなさそうだが、別の意味で嫌な予感がしてきたぞ。

これは多大な期待をさせないためにも、先もって話をしておかないとダメだな。


「富田先輩、僕は小説やエッセイのようなものを書いていますが、シナリオとかは書いたことがありません。ですから、多大な期待は寄せないでください。」


富田先輩はにっこりと笑って、依頼する予定の仕事内容を説明しはじめた。

あれ?先生が来たら説明するんじゃなかったの?


つづく



作中に登場する文豪の先生方、映画監督は、最大のリスペクトを込めて、本作オリジナルのフィクションキャラクターとして登場させていただいております。実在の人物の思想や名誉を毀損する意図は一切ございません。一読者としての愛を込めたパロディとして、温かい目でお楽しみいただけますと幸いです。

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