プロローグ2
イマジナリー文豪の先生たちと会話をしていると、女子から声をかけられた。
「ねぇ。」
おっと、脳内会議は終了だ。
原稿用紙は白いままだね。罫線しか書かれていないな。
「どうしたの?」
視線を声の主に向け、少し微笑む。仏頂面だと悪い印象を与えかねん。
視線の先にはなんとかさん。誰だっけ?自己紹介したけど、日が浅いから覚えていないぞ。まずいな。
「きみさ、小説書くのが趣味だって自己紹介で言ってたじゃん。」
「うん。将来はそれを生業にしたいと考えているんだ。」
「なり…?まぁいいや、あらすじとか読書感想文とか、そーゆーの書くの、得意なかんじ?」
「うーん、どうだろう。本とか結構読んでいるし、執筆活動もそれなりにしているから、文章を全く書いていない人に比べたらましな方だとは思うけど。胸をはって、できます。とも言えないかな。」
「ふーん、そうだ!あたしの自己紹介、まだちゃんと頭に入ってないでしょ?あたしは美幸良子。ゆきゆきって呼んでね。それから趣味は……」
なんだ?マシンガントークが始まったぞ。しかも初対面の僕に向かってあだ名で呼べとは。これは勘違いする男子が出そうだな。しかも体が僕の方に近づいてくる。あ、なんかいい匂い。
いや違う違う。勘違いするな、平常心だ。こういう場合は、素数を数えて。2,3,5,7,11,あれ?次はなんだっけ?次の数字が出てこない!
「で、君の名は?」
はっと我に返った。話、半分くらい聞いていなかったな……。
あれ?私の名前も知らないのに、自分のあだ名を押し付けていたのか、この子は。
「僕は寺塚幸雄。あだ名はないよ。趣味は……執筆活動、かな。」
「じゃあ、あだ名はてらちゃんね。男子にちゃんは失礼か。てらくん?うん、てらくんにしよう。決定!」
あだ名が決まってしまった。なんだろう、すごく置いてきぼりになっている感が否めない。
しかしこの子、どんどん話が進むな。話を追いかけるだけで一苦労しそうだ。
「で、てらくんは何か部活に入った?」
話を切り替えるときとか何かを聞くとき、「で」ってつくのが癖なのかな?
「文藝部みたいのがあれば入ったんだけどね、部活には入っていないよ。」
「ふーん。実はさ、映画研究会って部活があってね。放課後に付き合ってほしいんだ。」
映画研究会とな?そんな部活、このご時世に残っているものなのか。そもそも、なんで映画研究会に誘われるんだろう?シナリオ書けとか言われるのかな。それとも新手のカツアゲ案件か?
「いいけど、なにやらされるの?怖いことにならないよね?」
「?怖いこと?怖いことなんてないよ。でも、宇宙語を話す人が2人いるよ。」
「なにそれ怖い。」
「部長があたしのイトコなんだけど、部員が3人以上いないと廃部になるんだって。部員勧誘?になるのかな。だから放課後に部室に行こう!」
あれ?入ること前提に話が進んでいる気がするな、っていうか、これ、断れない案件なのか?なんか決定事項になっているような・・・。部長が身内で廃部になりそう以外の詳細がよくわからないぞ?
「ちょっと待って。部員勧誘って、僕はまだ入部するって決めたわけじゃ――」
「大丈夫大丈夫。ただ、顧問の先生たちが何言ってるかわからくなるくらいだよ。」
「ちなみに、顧問の先生って誰?」
「現文の大関せんせー。知ってる?」
「授業であたらない先生だよね。知らない。」
「いいせんせーだよ。映画見るとき以外はやる気ない目をしてるけど。あの先生、映画の話になると宇宙語全開になるんだよね。あと部長のやすちゃんも」
うん、全然大丈夫ではない気がしてきたよ。
「やすちゃんって?」
「映画研究会の部長。2年生。富田康希って名前。やすちゃんって呼んでるよ。」
宇宙語を話す顧問と部長ってどうなんだろうか。誰か翻訳してくれるのかな。
「あ、予鈴だ。じゃ、放課後にね。」
そう言って、美幸さんは自分の席に戻っていった。そういえば僕の都合、聞いてくれなかったな。なし崩し的に放課後の予定が埋まってしまった。
午後の1コマ目は数1だ。数学、わからないんだよね。
「てらくん、部室に行こう!」
放課後一番に、美幸さんが僕の席に来て元気に言った。
「わかったよ。美幸さん。部室はどこ?」
「あれ?あたし、ゆきゆきって呼んでね、って言わなかったっけ?」
「そうだね美幸さん、部室まで案内してくれるかい?」
あだ名で呼ぶのは気恥ずかしいから苗字にさん付けで。これは譲れない。
「だからぁ、ゆきゆきだって。」
近いよ。パーソナルスペースってならわなかった?学校では教えないか。
「そうだね、美幸さん。だから部室まで案内してもらえると嬉しいな。」
「むぅ、てらくん、どうしてもゆきゆきって呼ばないつもりだな?」
「そうだね、美幸さん。苗字にさん付けで勘弁して?」
「しょうがないなぁ。じゃあそれでいいや。」
美幸さんはちょっと頬を膨らませたが、許してくれるらしい。
しかし、男子でゆきゆきって呼ぶ奴、いるのかな。強要しているみたいだからいそうだが。
何にせよ、押しが強いことこの上ない。
教室棟から管理棟への渡り廊下に、美幸さんのパタパタという足音が響く。なんでパタパタって足音になるのかな。擬音ではなく、本当にパタパタって足音がしているよ。
「部室ってどこにあるの?」
「管理棟の2階に視聴覚室があって、その隣に視聴覚準備室?っていうのがあるんだよ。そこだよ。」
「多分、やすちゃん、もう来てるよ。」
僕はあだ名で呼べないな、富田先輩だな。
「なんで僕に声をかけたの?」
「なんか?文化祭に向けてどうのこうので、作文とか書ける人が欲しい、って言われたんだよ。で、小説書くのが趣味だって言ってたじゃん。てらくんしかいないって思ったんだよね。」
「ふーん。」
「ここだよ。連れてきたよー。」
美幸さんがドアを勢いよく開けると暗幕だった。
暗幕の向こうから、凛と張り詰めた、艶やかな高音が響いた。
「シネマクラブへようこそ!」
映画研究会ですよね、ここ。ていうか、暗幕で顔が全く見えないんですが。
――あれ?女性の声?
富田康希って、名前からして男の先輩じゃなかったのか? まさか『やすちゃん』って女の子?
いや、それとも美幸さんの血統は、私の想像を絶するほど変わった人が多いのだろうか。
つづく




