プロローグ1
長い高校受験期間を経て、そこそこの高等学校に入学することができた。
同級生はみな、真新しい制服を着、緊張と期待に胸を躍らせている。
と、イマジナリー僕が脳内で文章を綴る。いや、緊張と期待に胸を躍らせる、という言い回しはおかしくないか?不安と期待に胸を膨らませるだな。修正だ。
入学式から数日経った昼食後の気怠い時間に、僕は、いや、私はだな。小説家を目指すなら、私と表現しなくては。
入学式から数日たった昼食後の気怠い時間に、私は机の上に400字詰めの原稿用紙を置き、叔父に入学祝で買ってもらったペリカンを持ちそれと対峙する。
原稿用紙はまるで砂漠のようで、ペンのインクを吸い取るだけ吸い取り、文字を残すことを許してくれないような錯覚に陥る。この白い砂漠を前にすると、どうしてもあの白い景色を思い出してしまう。
静かに目を閉じる。
大人ぶってみたかったのか、ただ単に題名で選んだのかは忘れてしまった。
中学生の時分、祖父の書斎の本棚で川端康成先生の「雪国」を読んだことがある。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」
この一文に頭を殴られた位の衝撃を受けた。
暗闇に一つの小さな明かり。それが徐々に大きくなりトンネルを抜ける。
トンネルという夜が雪の白に埋め尽くされ、冷たい空気感が漂い始める。
そして信号所?駅の事かな?に電車が滑り込む。
その情景が頭の中に、鮮明に思い浮かべることができた。
美しい文章の力を見せつけられた思いだった。
そこからはいろいろな人の小説を読んだよ。
川端康成先生はもちろん、夏目漱石先生、芥川龍之介先生、太宰治先生、三島由紀夫先生、横溝正史先生、司馬遼太郎先生といったぐあいに。
祖母はゲームをやめて、暇さえあれば本を読んでいる僕を心配していた。友達がいなくなるかもしれないと心配させてしまったのかな。
両親は喜んでいたな。
祖父は書斎を解放してくれた。
そのうちに、自分でも小説を書きたくなってインターネットで地元の小説サークルの門をたたき、参加させてもらっている。
各自が執筆した小説やエッセイなどをメールで配信した後、日曜日に集まり議論を交わす。
忌憚のない意見は結構だが口論に発展させることは厳禁と、比較的穏やかなサークルだ。
中学生は僕、いや私一人。同級生はゲームに夢中で、執筆活動をしている奇特な者などいない。
批評ではよく言われる。
若いからかな、勢いがあってすごくいい。
皆そう言う。他の評論が無いのが悲しい。
言葉が出ない。頭の中には、あの「雪国」の時のように鮮烈な映像が浮かんでいるのに。
文字というカメラで、それをどう切り取ればいいのかが分からないんだ。
うん、解ってる。圧倒的に語彙が不足しているんだ。言い回しの妙がないんだ。
言い回しの妙が無い、と言っている時点で、そもそもだめだよね。
語彙不足を嘆く言葉すら貧しいなんて。
おちこむなぁ。
目を開き、白紙の原稿用紙を前に頭を抱えていると、私の貧弱な文学的感性を刺激するように、机の端に小さなイマジナリー太宰治先生が現れ、顔をあげる。くしゃくしゃの浴衣に酒瓶。
これはそうとう酔っているな……。
『君、そんなに真面目に生きて楽しいかい? 僕は死にたいよ。いや、生きようとすると死にたくなるんだよ。落ち込む位なら僕と心中しないかい?いいだろう?』
「嫌ですよ、16歳で死にたくないです。」
上半身裸の小さなイマジナリー三島由紀夫先生が、ポーズを決めながら現れた。
頭に鉢巻を巻き、広背筋がテカテカと光っている。視線がするどすぎる。
『君のその軟弱な精神では美に到達できない。真の美は、死と破壊によってのみ完成される。生きて恥をさらすより、若く、美しく、頂点で散りたまえ。これが我々の『文』だ。さあ、一緒に盾の会へ行くのだ!』
「散るだなんて物騒な。それに盾の会って何ですか。」
突然、辺りが霧深い邸宅の景色に移り変わり、障子が静かにすっっと開く。
イマジナリー川端康成先生が私を静かに見つめている。
『……美しいね。貴方も、この世も。滅びゆくものの美しさ、それがすべて。』
「なぜ僕が、いや、なぜ私が滅せられる前提なんですか、おかしいですよ。」
つづく
作中に登場する文豪の先生方、映画監督は、最大のリスペクトを込めて、本作オリジナルのフィクションキャラクターとして登場させていただいております。実在の人物の思想や名誉を毀損する意図は一切ございません。一読者としての愛を込めたパロディとして、温かい目でお楽しみいただけますと幸いです。




