サマータイムマシン・ブルース ~爽快な答え合わせ~
映画は中盤を過ぎ、いよいよ加速していく。
「あ、このシーンはこういう意図があったのか。」
画面の中で、かつて見た場面の『答え合わせ』が次々と始まっていく。
その伏線回収の鮮やかさに、胸がすくような爽快感を覚えた。
『前に見たシーンの答え合わせなんだけど、すごく爽快な気分になるわよねぇ。この映画の醍醐味よねぇ。伏線の回収が素晴らしいの。』
モトコ先生が画面を見つめたまま、嬉しそうに声を弾ませる。
「はい。見ていて爽快ですし、綺麗に納得できるようになっていますよね。」
僕は深く頷きながら、ふと思ったことを口にした。
「でも、たった一個のリモコンを巡るだけで、ここまで面白い映画を作れるものなんですね。」
『創作は、どれだけ想像力を広げられるかが勝負だと思うのよね。楽しいことだと思わない?』
モトコ先生はそう言って、僕の方を振り返り、ニッコリと微笑んだ。
「そういえば、大学の先生がタイムマシンで過去に行くことの危険性ですか?それを説明していましたが。」
映画のワンシーンを思い出しながら尋ねると、モトコ先生は顎に人差し指を添えて、少し考えるような仕草を見せた。それから、噛み砕くように説明を始めてくれる。
『例えば、てらくんが東京にいて大阪へ用事で出かけるとしましょう。経路は何でもいいの。電車でも飛行機でも、最悪徒歩でも。大事なのは【大阪で用事を済ます】っていう結果だから。途中の過程がどうあれ、因果がそこでぎゅって収束するの。』
モトコ先生は人差し指を突き出し、僕の鼻先で小さく円を描いた。
『でもそこに、予定にない名古屋の用事がぽんと入っちゃうとね。因果の行き先が【名古屋】にズレちゃうわけ。その状態で【あ、間違えた!】って過去にタイムスリップしても、もう手遅れ。あなたが辿り着くのは【名古屋に行く因果の過去】であって、元の【大阪に向かう過去】には、もう、逆立ちしたって戻れないのよ。』
「つまり、時間を線にした場合、隣の線に行ってしまう、……という感じでしょうか?」
『そうそう。そんな感じよぉ。だから、その移動した線の上で過去に行っても、【名古屋に用事がない過去】には戻れない。当然の事なのよぉ。……だって、もう違う線の上を走っているんだから。』
モトコ先生はそこで言葉を区切り、ふっと視線を落とした。映画の音声が流れている。けれど、急に世界の時間が止まってしまったかのような錯覚に囚われた。
『……うん。だからね、タイムトラベラー以外の人は、因果が変わっちゃったことに気がつけないの。――ううん。もしかしたら、ね。タイムトラベラー自身だって、それに気がつけないかもしれない。その時間を、世界の【外側】からじーっと見ている、神様みたいな人がいないと、絶対にわからないのね、これって。』
スクリーンの青白い光がモトコ先生の横顔を照らす。
『だから。もしもタイムマシンができたとして、何かの拍子で世界の因果がガラッと変わっちゃったとしても。残念だけど、私たちには、それを感じることも、悲しむこともできないと思うの。……だって、最初から【そういう世界】になっちゃうんだから。』
「でも、名古屋で用事が終わっているんだけど、大阪に向かうことで【観測者】がまだ大阪の用事が残っていると観測させられれば。……因果の収束によって元の線に戻る可能性があるのでしょうか?」
僕の突拍子もない思いつきに、モトコ先生は一瞬だけ目を見開いた。それから、まるで見えないパズルのピースが組み合わさったかのように、その瞳をいたずらっぽく輝かせる。
「……うん。そうね。名古屋の用事はもう終わっちゃってる。それは動かせない事実。だけど。私が何食わぬ顔をして、用事もないのに大阪行きの新幹線に飛び乗っちゃうとすると。そうするとさ。この世界を外側から見ている【観測者】は、勘違いするかもしれない。』
モトコ先生は身を乗り出し、話を続ける。
『あれ? あいつ大阪に向かってるぞ。ってことは、まだ大阪の用事が残ってる世界の線なんだなって。世界にそう【観測】させちゃうの。そうすれば、因果の強力な収束力が働いてね。歪んじゃったタイムラインが、パチン、って。――元の、あなたが待っているはずの線に、奇跡みたいに戻る可能性はあると思うのよね。』
先生は悪びれもせず、少女のような笑みを浮かべた。
【――世界を、ちょっとだけ騙しちゃうの。むずかしいし、大バクチだけど。』
「でも、タイムトラベラー自身も世界が変わったことに気づけない可能性があるという大前提と、矛盾が生じてきませんか?」
僕がそう指摘すると、モトコ先生はおでこに手を当てた。そして、困ったように眉を下げて微笑む。
『……うん。そうなのよね。これ、決定的に矛盾しちゃうの。だって、世界が変わったことに誰も気づけないはずなのに、【大阪に向かって世界を騙そう】なんて思いつくはずがないんだもん。気づいた時点で、その人はもう【世界の時間の外側】に出ちゃってることになっちゃうじゃない?』
『……むずかしいわねぇ、やっぱり。』
先生はぽつりと呟いて、降参、と言わんばかりに小さく肩をすくめてみせた。
つづく
作中に登場する「モトコ先生」は、新井素子先生の素晴らしいエッセイと小説の数々、SF知識への最大のリスペクトを込めて、本作オリジナルのフィクションキャラクターとして登場させていただいております。実在の人物の思想や名誉を毀損する意図は一切ございません。一読者としての愛を込めたパロディとして、温かい目でお楽しみいただけますと幸いです。




